3.大橋弁護士へのインタビュー
インタビュー実施:2021年3月
ーー大橋弁護士は、クルド難民弁護団として長年難民支援をされています。トルコ国籍の難民申請者の大半を占めているクルド人について、日本はこれまで1人も難民認定をしていません1。これまでの担当事案で、送還されてしまった方はいますか。
前述のKさんは、日本では中心的な政治活動家だったと思っています。
クルド人は「世界最大の少数民族」と言われます。3千万人ほどがいるとされており、トルコ、イラク、イラン、シリアなどに暮らしていますが、クルド人による国家はありません。トルコでは、クルド人による国家の設立を求める活動は犯罪であり、クルド語を話すことなども犯罪とされたりした歴史があります。
Kさんがトルコで取り調べられた内容は、日本でクルド人たちが民族の団体を設立するために行なっていた会合についてで、捜査機関から反政府組織活動と断定されたのです。これは、後に、トルコの対テロ本部での尋問記録が手に入ったことで明らかになり、誰がその会合に来ていたかなども書かれていました。法務省も、2004年でトルコ現地で調査2を行った際に「記録は本物だ」と認めています。
なお、その会合で話されていた民族の団体が、後に、2003年に設立された「クルディスタン&日本友好協会3」でした。埼玉県蕨市に、在日クルド人が小さな事務所を借りて開設した手作りの団体です。互助と、日本にクルド文化を紹介することを目的とするもので、もちろんテロ行為と無関係でした。
トルコ国籍クルド人のFさんの話をします。
難民不認定とされて収容、2004年に自費出国で送還され、イスタンブール空港で拘束。かばんに入っていた、日本における、友好協会主催の集会や祭り、フットサル大会の写真が押収されました。フットサル大会は、難民申請者を支援する日本人たちが協力して実施したイベントでしたが、そのユニフォームのマークが‟非合法組織”の旗とみなされたことや、祭り等に参加したことを「非合法組織を援助した」という犯罪として、Fさんは、3年9カ月の懲役刑の判決を受けました。裁判係属中に釈放されて偽名で脱出したFさんは、再度日本で難民申請しています。
写真に写っていた数十人も指名手配されました。その結果、突然逮捕され、約十時間かかる場所までほかの数人と押し込められて移送され、排泄等もまともに認められず屈辱的な取り扱いを受けた話なども聞いています。
ーー日本で暮らしていると想像もつかない厳しさがあるのですね。
2006年に当時の小泉純一郎首相がトルコを訪問した際にエルドアン首相(当時)が同協会事務所について、「閉鎖してほしい」などと要求したと報道されています4。2003年にトルコを訪問した日本の参議院副議長にも同様の要求があったそうです。 私自身、まさか友好協会の設立に首相が弾圧に乗り出すなどと思ってもみませんでした。「クルディスタン」という言葉が、クルド人の「国」という風に捉えられたのでしょうか。2009年の米国国務省報告書等は、「トルコで、単なる集会参加によって処罰され得る状況があり、拷問・虐待が行われ、民族対立が高まっている」と指摘し、2012年にも同様の記載があります。
しかし、Fさんは難民の再申請でも不認定となり、その後高裁でも認められませんでした。判決は、上記の米国国務省報告書等の内容を、「2012 年(結審時)においても同じ状況があるとは考え難い」と判示しています。
出身国の人権状況を国も裁判所も見誤ることの危険性は甚大です。
ーー送還に至るまでも、本人にどのような説明がなされているのかなど外からはよく分からないです。
ある日入管職員から「明日、関西空港に行く。荷物をまとめるように」と言われ、空港で担当者から「あなたは無理矢理帰す」と言われたと言っていた人もいました。「弁護士に電話をしたい」と言ったら、「ダメ」と言われ、「帰らない」と言ったら、手錠をされ、手足を捕まれて、持ち上げられて運ばれ、飛行機に乗せられたそうです。
難民不認定決定を受けた直後の送還の執行は、裁判を受ける権利の侵害です。しかも、難民を保護する部門が決定(難民不認定の決定)の通知の時期を調整して、送還する部門の執行と符合させるのは、おかしいことです。
注:2016年2月、スリランカ出身のタミル人難民申請者が、26日に難民不認定の判断の取り消しを求め、裁判を起こすための委任状を弁護士に預けていたが、翌早朝に突如送還された事例なども報道されています5。
ーー難民申請中の送還停止措置(送還停止効)がなかったこと、収容の厳しさなど、現状の国の議論はKさんの時代を少し思い出させるようでもありますが、法改正によって、難民申請中の送還停止に一部例外が設けられたら送還は増えるでしょうか。
間違いなく増えるでしょう。
ーー難民申請者のなかには、自費出国によって送還に応じる人もいます。
自費出国のケースについて、例えば前述のKさんのように、収容されることが怖いという人もいます。トルコに帰って捕まるのと、日本で捕まるのとどちらが厳しいのか。Fさんは、3年9カ月の実刑でしたが、日本でも3年収容されている人はざらにいて、いつ出られるか分かりません。その先の、日本での生活の見込みもありません。その結果、耐えられなくなって帰国という選択をします。そのようにして難民申請数も抑制されることを入管庁も期待して、収容という措置を政策的に使っているのではないでしょうか。入管庁としては出国すれば関係はないのです。身体拘束を政策的に使うのは根本的に間違いです。日本のような無制限の収容は国際的には誤りです。
帰国したらどうなるか。それは場合によります。すでに指名手配されているなどであれば空港で拘束されるでしょうが、別の場合には、ある意味ギャンブル的というか、迫害にあうかもしれないし、捕まらない可能性もあるでしょう。日本で難民申請した人で、帰国したあとに、何とかヨーロッパやオーストラリアに逃げて難民認定を得た人が複数います。日本で追い詰められた人がそのような道を選ぶことは、合理的な判断と思います。
また、家族の関係も大きいです。呼び寄せた妻子が日本で困窮すると、支援者としては帰らないほうがいいと思っても、帰るケースもあります。
ーー難民申請者の中には退去強制令書の発付をされている人もおり、日本の法律や手続きを守らない人がおかしいという意見も見られます。
例えば空港で難民認定申請をした人には、退去強制令書が出されてしまいますが、犯罪者だからではありません。なぜなら、その人は、犯罪をするどころか日本社会に一歩も踏み入れないうちに退去強制令書を出されてしまうのです。退去強制令書は犯罪を意味しません。また、「日本にいてはいけない人だ」というのもおかしいです。難民申請中でも一旦退去強制令書が出され、しかし審査を受けている間は送還をしないことにして、難民認定の結果によっては退去強制令書が撤回されることになるというのが、そもそも日本の制度です。未だ審査中なのですから、「日本にいてはいけない人」かどうかも決まっていないのです。
複数回難民申請をしている人についても、難民申請に新たな理由が発生しているのかもしれません。複数回申請について、法務省の専門部会での提言6を真正面から議論しないで送還しようとしているのは誤りです。
ーー送還というのは、母国で迫害のおそれがあると主張する者にとって最大の恐怖ですが、日本では難民認定率も低く、覚悟の上で帰国する人もいるなど厳しい状況です。弁護士としてどのような思いで支援しているのですか。
難民申請という本国の迫害からの保護のために手続きを支援するのが支援活動の本来の役目だったはずが、今は日本でのむごさと向き合うばかりで、複雑な思いです。
でも、難民申請者たちが感じる不条理はさらなるものだと思います。
ーー送還対象者になかなか直接的な支援はできませんが、一般の人でも何かできることはありますか?
まず知ることです。ただ、本国からの保護のために難民の事情を公表することは控えなければならない面があり、私たちもこの現状をどうしたら広く伝えることができるのか、本当に悩ましく思っています。
心理学の用語で「公正世界仮説」という言葉があるそうです。理不尽にひどい目にあっている人を見ても、世界は公正だと信じたいために、理不尽な事態を認識したくないという心理的なバイアスがかかり、その人も悪いことをしていたはずと思ってしまうのだそうです。しかし、みなさんに、この日本の現状を直視してほしいと思います。
大橋毅弁護士(プロフィール)
クルド難民弁護団事務局長。 20年以上にわたりクルド人難民の弁護活動を続ける。東京弁護士会所属 (42期)。日弁連人権擁護委員会特別委嘱委員(難民特別部会)。