活動レポート

難民支援の現場を持つJARならではの政策提言とは
JAR活動紹介インタビュー vol.2 【渉外チーム:赤阪むつみ】

難民支援協会(JAR)が日々の活動の中で大切にしていることとは何か、スタッフのインタビューでお伝えします。

第2回は、渉外チームマネージャーの赤阪むつみです。

【渉外チームとは】難民が適切に保護され、受け入れられる制度の実現を目指し、関係者や市民団体とのネットワークを構築し、国会議員・各省庁に働きかけるなど、難民支援・保護制度の改善に取り組んでいます。4名のスタッフが在籍しています(2022年3月現在)。

渉外チームの活動とはー難民を適切に保護できていない日本の制度の中で

――はじめに、JARの渉外チームはどのような活動をしているのか、教えてください。

渉外チームでは、難民とともに暮らす社会の実現に向けた法制度の確立を目指し、関係者や市民団体とのネットワーク構築、政府や国会議員などへの働きかけを行っています。

日本に逃れてきた難民の方々をとりまく問題、課題は挙げるときりがないほどあります。日本の難民認定率は1%未満と、世界でも類を見ないほど低い状況です。母国での迫害から日本に逃れてきた直後には、最低限の衣(医)・食・住もままならず、ホームレス状態になってしまう人もいますが、難民申請の審査にかかる期間は平均で4年以上あり、その間、強制送還の恐怖を抱えながら暮らしている方々が少なくありません。

そのような中、昨年の春、日本における難民認定制度をさらに後退させる内容の「入管法改正案」が国会に提出されました。この法案の中には、難民申請中の人を母国に送り返すことを可能とする項目(送還停止効に例外を設けること)が含まれていましたが、そもそも審査が不適切なため複数回申請せざるを得ない人が多くいる現状でこの法案が通れば、送還が命に関わるような危険のある人も送り返すことにつながる、という強い危機感を持ちました。

この他にも、難民保護の観点から看過できない項目が多く含まれていたため、この法案に対する意見書を作成し、「最優先すべきは、送還の促進ではなく、難民認定制度の改善である」として、国会議員などに対して働きかけを行いました。

――入管法改正案に対する意見書の作成で特に心がけたことは何でしょうか。

難民支援団体として、私たちにしか言えないこと・私たちが言うべきことを取捨選択し、作成しました。日本に逃れてきている難民の方々は政府に対して声をあげられる状況にない方が多いため、私たちが代弁する必要があると常に考えています。

提出された法案の中でも、前述の難民申請中の送還を可能にすることに関しては、難民の命にかかわる問題として、特に強調して訴える必要がありました。広報部と連携して「#難民の送還ではなく保護を」というキャンペーンを実施し、Twittter上で非常に多くの賛同を得ました。入管法改正案は昨年の国会では成立が見送られましたが、今後どのような動きになっていくか、引き続き注視しています。

画像:「#難民の送還ではなく保護を」キャンペーンで展開したスライド

継続し、他団体と協働していく大切さ

――渉外の活動で、どのようなことに難しさを感じますか。

私たちは難民保護を目的にした法律の制定を目指して活動していますが、何よりも困難を感じるのは、制度を変えるには時間がかかる、という点です。交渉や働きかけを行う相手である国会議員や入管などの政策決定者、メディア関係者などは、年月とともに部署異動などで人が変わっていくことが多いです。

そうすると、これまでの経緯や共通の課題を認識している人がいなくなってしまう、という難しさがあります。そのような中で、難民支援に特化し、長年継続的に取り組むNGOとしてのJARの役割の重要性を実感しています。また、JARの中でも、その時々の活動の記録をしっかり行い、経験を蓄積していくことが大切だと考えています。

――省庁を相手にする仕事、という点ではどうでしょうか。

やはり、一般的に前例を踏襲することが多い官僚に切り込んでいくことの難しさはあります。他のテーマでもそうかもしれませんが、難民保護について、難民への直接支援の中で直面している問題を理解してもらい、改善のためのアクションを起こしてもらうにはお互いの理解が欠かせず、アプローチの仕方を工夫しています。

5年ほど前のことになりますが、生活困窮者と認められる難民申請者に対して政府から支給される生活支援金(保護費1)の改善を求め、政府に働きかけを行ったことがあります。結果として、保護費の単価を上げることに成功した事例です。

JARが単独で動くだけではなかなか難しいため、JARもメンバーである、なんみんフォーラム(FRJ)2というネットワークを通じて省庁職員や関係団体の担当者などとの生活保護制度についての勉強会の場をつくり、そこで日本の貧困ラインと保護費を比較したデータなど、改善のための説得材料となる資料を皆で作成し、まずは共通の課題認識を持ってもらうようにしました。

また、課題ばかりを並べていても解決にはならないので、実現可能な提案も持っていき、どうしたら現状を改善できるかを参加者とともに考えました。勉強会は参加者が対等に話ができるという点でも非常に重要な場だと認識しています。

このほか、当時の外務大臣に対してもFRJとして申し入れを行い、市民団体として声をあげていることを示しました。何かを変えていくには一団体ではなく、課題を多くの人と共有し、ネットワークで関わることが大事だと考えています。

写真:提案資料の例

「あなたの家族は元気?」

――活動を進めるうえで大切にしているのは、どのようなことですか。

私たちの活動の特徴は、同じ事務所の中に支援現場があることです。日々難民の方からの相談に応じている支援事業部と定期的な打ち合わせを持ち、難民への直接支援で必要とされていることや課題などを把握して政策提言に反映させるようにしています。

そのような中、難民認定されるべき人が認定されず、制度の不備のために脆弱な立場に置かれている、命の危険がある母国に送還されてしまう・・・そういう方々と日々事務所で接することで、彼ら彼女らの切迫感や苛立ち、憤りを目の当たりにしています。「この思いを背負っているんだ」ということが自身の行動の動機となっています。

写真:支援事業部スタッフとの打ち合わせの様子

一方で、難民の方々が感じさせてくれる「温かさ」もまた、私が活動を続ける理由となっています。

以前JARで、日本で暮らす難民の女性たちの心とからだのケアを目的にグループワークなどを行うサロン活動を、私が担当していました。サロンに参加されていたシングルマザーの方で、心を病んでしまい入院した方がいて、様子を確認しに行きました。開口一番、彼女が最初に言った言葉は「ありがとう、あなたの家族は元気?」でした。大変な状況で、自分のことだけで精一杯だろうと思うのですが、私の家族の心配をしてくれました。苦労や困難を乗り越えてきているからこそ、他者への思いやりの気持ちがあるのだと感じています。

写真:子どもの散歩中に休憩している女性(イメージ)

理想をどれだけ具現化できるか

――渉外の活動はチームで動くことが多いと思いますが、チームのメンバーに求めることは何でしょうか。

法律に関わることが多いので、自分たちも法律に特化した専門家であるべきか、と問われることがありますが、必ずしもそうだとは思いません。重要なのは、この大きな課題に継続的に取り組んでいくためのモチベーションや、理想とする姿を具現化する力です。難民が適切に保護される法制度を実現するために、今何ができるのか、具体的な日々の活動にしていくことが必要です。

また、具現化のためには、目の前の難民の方が何にどれだけ困っているのかが分からないと、見落としが出てきます。難民の方々が困っていることをどうしたら解決できるのか、ということを常に考えながら制度に反映するための働きかけを行う。JARだからこそできることが、まだまだ多くあると考えています。

常に対話の道を開いておく

――多様な相手と交渉をすると思いますが、交渉の際に心がけていることはありますか。

難民支援の現場を持っているからこそ、日本に逃れてきた難民の方々の代わりに声をあげ、制度を変えていく必要があると考えています。制度が変わること、または変わらないことで難民の方々がどうなるのか、常に考えながら交渉をしています。

長期的には難民が保護される制度の実現を目指しながら、目の前の目標としては、今ある現状の制度にたった上で、今保護を必要としている難民の方々にとって少しでも改善になるように働きかけています。

なぜなら、難民の方々一人ひとりにとっては、適切な制度の実現を待つ余裕はなく、今の制度の運用が人生を左右するからです。例えば難民申請の権利があるにもかかわらず、手続きの不備により危険な母国に送還されてしまう、というような最悪のかたちは絶対に避けたい。そのために、与党、野党を問わず、国会議員などに広く働きかけをしています。

――制度をよりよいものにするために、何が必要でしょうか。

現行の制度を変えるのは簡単なことではありません。私たちの意見を聞いてもらうには、政権や制度を批判するばかりではなく、常に相手と対話ができる関係性を作ることが大事だと考えています。

そのために、協議の場では真摯に話し合い、表面的なことではなく、また感情的になるのではなく、解決策を見出すための対話をするということを心がけています。客観的な分析や他国の事例などを提示して議論しながら、結局は人と人としての関係性をつくることだとも思います。「難民支援協会の話は聞かないと」と思ってもらうにはどうしたら良いか、日々考え動いています。

そして理想は、難民を保護するのは同じ人間として当然のこと、という前提にたって話ができることだと考えています。日本ではまだ、難民問題についての当事者意識が薄いと思います。受け入れは日本社会の問題であって難民が負う問題ではない。にもかかわらず、難民の方々は、日本社会が取り組む課題の中で後回しにされ、置き去りになっていると感じることもあります。だからこそ、JARは難民の方々に寄り添った政策提言活動をしていかなくてはいけないと考えています。

目の前のこととしては、一度成立が見送られた入管法改正案が今後どのような動きになっていくか引き続き注視が必要だと考えています。今日本に逃れてきている難民の方々のため、そして長期的には、そういった方々を適切に保護できる制度の実現を目指して、これからも活動をしていきます。

赤阪むつみ/JAR 渉外チーム マネージャー
大学院修了後、NPO法人日本国際ボランティアセンター(JVC)のラオス事務所にて、森林保全に関連した地域開発と政策提言活動を行う。その後、シュタイナー教育活動を経て、2014年に難民支援協会に入職。定住支援部、支援事業部を経て、2018年より現職。
  1. 保護費:難民認定申請者に対する唯一の公的な生活支援金(生活費・住宅費・医療費)。外務省が財団法人アジア福祉教育財団難民事業本部に委託して支給。生活費として1日1,600円(子ども800円)、住居費として単身で月額4万円。[]
  2. なんみんフォーラム(FRJ):日本に逃れた難民を支援する団体のネットワーク組織。2004年に設立、現在23団体が加盟している。個々の会員団体が提供するサービスを調整し、助けを必要とする人への包括的な支援の実施に努めるほか、政策提言も行っている。[]