*本記事は、移住連情報誌「Mネット」237号に難民支援協会 生田が執筆した記事の転載です。

難民支援協会(以下、当会)では、関東圏で暮らす難民申請者を主な対象に、生活支援や法的支援、定住支援を行っている。昨年度(2023 年7月〜2024 年6月)に支援を行った 996 人のうち、女性は 254 人だった。入管庁の統計によると、2023 年は 2,363 人(全体の17%)の女性が難民申請を行っている。かつては男性の帯同者として相談に訪れる女性が多かったが、近年は、単身での来日や、子どもを連れたシングルマザーなど、家族形態の多様化が見られる。また、来日後に日本で家族をもつ場合や、家族と離別する場合もある。難民申請者として、日本でどのような困難を経験しているのか。女性特有の状況に着目しながら報告する。
難民認定までの道のり
まずは、女性が難民として逃れる背景を考えたい。2002 年、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)はこれまでの難民の定義が「男性の経験の枠組みを通じて解釈されてきた(※1)」との認識のもとに、ジェンダーに関連する迫害から逃れた難民の保護に関する指針を策定した。女性に対する迫害の具体的な例として、性暴力やドメスティック・バイオレンス、強制結婚や女性器切除が挙げられる。女性であることを理由とした特定の権利の剥奪や、トランスジェンダーに対する暴力や差別から逃れる場合もある。
しかし、女性であることに着目するあまり、その他の迫害の理由が見落とされてはならない。自身の政治活動や民主化運動への参加を理由に当局からの迫害をおそれる場合や、民族を背景とする差別、性的指向を理由とする刑罰、紛争や無差別暴力から逃れる場合もある。その上で、女性であるが故に出身国政府による効果的な保護を受けられず、国内避難も困難であるといった事情を考慮する必要がある。
入管庁は、難民認定者の性別内訳を公開していない。2023 年に入管庁が作成した「難民該当性判断の手引」において「ジェンダーによる差別的取扱いに関連する迫害」への言及がみられ、ここ数年のA案件の傾向からも、女性の難民申請者の状況に入管庁が着目していることがうかがえる。とはいえ、難民認定手続きが迅速に進んでいるとは言い難く、「真に庇護を必要とする外国人の更なる迅速な保護を図る(※2)」との案件振り分けの趣旨に基づく対応が求められる。
女性の難民申請者に対する支援
平均約3年にわたる審査期間において、女性を含む難民申請者はさまざまな困難に直面している。当会では、生活に困窮する申請者に対して、食料や生理用品を含む日用品の提供、宿泊先の手配、医療支援などを行っている。入国から間もなくして所持金が尽き、ホームレス状態を経験する場合も少なくない。男性宅に身を寄せた女性が性交渉を迫られ、望まない妊娠をするケースもみられることから、女性に対する支援において、安全な住居の確保を特に重視している。
生活困窮の背景として、難民申請者に対する公的支援である「保護費」の不足が挙げられる。2023 年度の受給者数は 658 人(うち 33.4%が女性)と、難民申請者のごく一部に過ぎない。政府が提供するシェルターへの入居者数は 88 人(うち女性は 23 人)とさらに少ない。平均 61日の待機期間を経てやっと保護費の受給が決まっても、生活が安定しないままに支給が打ち切られるケースもある。
性暴力や拷問、ドメスティック・バイオレンスなど、出身国での経験から精神科の受診やカウンセリングを必要とする場合もある。女性特有の病気により治療を必要とするも、保険が無いことで受け入れ先の病院が見つからずに重症化した事例もあった。在留資格の有無や内容によって、医療アクセスに大きな差が出ている現状である。
妊娠・出産に関する支援
昨年度、当会では常時約10人前後の妊娠中の方からの相談に対応した。相談者の中には、出身国での性暴力によって妊娠した方や、「 迫害から子どもの命を守りたい」という覚悟を決めて逃れてきた方、また、来日後に妊娠をした方もいる。出身国で家族を失った り、日本で孤独を感じてきた経験から、 自分に家族ができることに人一倍の喜びを感じる方もいる。もちろん、中絶の相談を受けることもある。
大切にしたいのは、すべての人に、子どもを持つかどうか、いつどのように持つかを選ぶ権利があるということである。そして、そのために必要な社会資源へのアクセスが可能な状態でなければならない。しかし、実際には難民申請者である女性が、安心して子どもを生むことができる状況とは言い難い。 当会では、一人ひとりとの信頼関係を築きながら、以下の対応を行っている。
- (病院へのアクセス確保)妊娠の確認や健診、出産を行う病院を探し、本人の状況を説明しながら受け入れの打診を行う。受診の際は通訳を兼ねて支援者の同行を求められることが少なくない。言語や保険が無いことを理由に受診を断られる場合もある。
- (在留資格の確認、入管での手続き)入国直後の場合は、本人の健康状態を加味しつつ、なるべく早く難民申請を行い、在留資格の変更申請を行う。難民申請中は在留資格「特定活動」が付与されることが一般的だが、当初の8か月間は住民登録や国民健康保険への加入が認められないことが多く、社会資源へのアクセスが特に困難となる。
- (生活費の確保、住居の安定)難民申請後は、生活の安定に向けて保護費の申請を行う。しかし、妊娠中でありながら、受給までに5か月を要したケースや、保護措置不適当とされたケースもある。保護費の受給が決まらないままにホテルを転々とする場合も珍しくなく、病院へのアクセスや自治体とのやり取りに困難が生じる。
- (母子保健や入院助産へのアクセス)滞在先の自治体において、入院助産の申請や母子手帳、妊婦健診補助券の取得等を行う。保健所や福祉事務所での面談に支援者の同行を求められる場合も多い。住民登録が無い場合は、自治体の理解を得るために特に綿密なやり取りが必要となる。
その他、体調悪化による救急搬送や入国から数日での出産など、急な対応が求められる場面も少なくない。難民申請者が自ら病院や自治体にアクセスをするも、在留状況や言語を理由に対応を拒否され、当会に支援を求める場面もみられる。出身国での迫害や差別によって自分を否定されてきた経験をもつ難民申請者が、妊娠・出産を機に日本社会でさらなる拒絶を経験している状況ともいえる。
日本で出産を行う難民女性の安心に向けて
ここまで、難民申請者である女性が日本で出産をするにあたっての困難を見てきた。その背景として、外国籍かつ難民申請者である女性に特有の以下の点が挙げられる。①自治体や病院において、日本語以外の言語で対応を行う体制が整えられていないこと。②公的支援の不足から、経済的な困窮から抜け出すことが困難であること。③在留資格の有無にかかわらず利用できるはずの母子保健事業について、在留資格の有無や内容、期間を基に自治体が 異なる対応をみせる場合があること。さらに、自身や子どもの法的地位の安定に不安を抱えた中での出産である点も忘れてはならない。日本で出産をした難民申請者の女性と生まれた子どもが、家族とともに安心して暮らせる社会の実現に向けて、難民申請者の処遇や難民認定制度の改善が欠かせない。 また、子どもの在留に関するあらゆる決定において「子どもの最善の利益が第一次的に考慮され(※3)」ることを強く求めたい。
※1 UNHCR「国際的保護に関するガイドライン:1951年の難民の地位に関する条約第1条A(2)および/または1967 年の難民の地位に関する議定書におけるジェンダーに関連した迫害」パラグラフ5。
※2 法務省入国管理局「難民認定制度の適正化のための更なる運用の見直しについて 」( 2018 年 1月 12 日 )
※3 「国際移住の文脈にある子どもの人権についての一般的原則に関する合同一般 的意見:すべての移住労働者およびそ の家族構成員の権利の保護に関する委員会の一般的意見3号(2017年)および子どもの権利委員会の一般的意見22 号(2017年)」パラグラフ29。