
「私たちの日本語クラスはとてもいいです。ひらがな・カタカナ、読み書きを勉強しました。日本語で少し話すことができるようになりました。時間や曜日が分かるようになりました。私はいろいろな仕事をして練習したいです。役に立つ仕事をしたいです。日本語を勉強するチャンスをくださって、どうもありがとうございます」。
「クラスでいろいろ日本語を勉強しました。例えば、自己紹介、ひらがな・カタカナ、少し漢字。遅れるとき、買い物、挨拶などです。日本語はおもしろいです。今では市役所に行って話すことができます。スーパーで質問に答えることができます。仕事をしたいです。そして日本語の勉強を続けたいです。このクラスでお世話になったみなさん、どうもありがとうございました」。
教室の前に立った難民の方が、手元に用意した紙を見ながら、一言一言丁寧に語ったスピーチ。これは、2024年10月に行われた日本語プログラムの修了式での様子です。プログラムに参加した難民の方は、約3か月にわたり、月約20回(週5回)のペースで新宿にある教室に通い続け、懸命に学んできました。無事に修了した8人の笑顔が印象的でした。
日本語プログラムの様子
JARでは、自立を目指すための就労支援を行っており、日本語プログラムも、語学習得に限らず、就職につながる学びを目的としています。
ある回の日本語クラスの様子をご紹介します。
性別、年齢、出身国もアフリカや中東地域など多様なクラスメイトですが、「今ここの学習をしているよ」とテキストの場所を教えあうなどの様子が見られました。
この日行われていたのは日付の学習。「4」など数字と日付で読み方が異なるもの(「よん」「よっか」)、「日曜日」など同じ漢字なのに違う読み方が混ざる場合など、「え?!」と思わず声があがります。「にち・よう・び」と、繰り返し繰り返し発音し、頭に入れている様子の生徒もいました。
次に、病気やケガについての表現を学びました。先生が一人ひとりに体の調子を尋ねると、ある男性の生徒は「頭が痛いです。頭をぶつけました」と返答。「トイレで頭をぶつけます。毎日」と続き、クラスに笑いとさらに和やかな雰囲気が生まれました。アフリカ出身のとても背の高い方で、日本での日常のちょっとした苦労も垣間見えました。職場の上司に伝えることを想定したシミュレーション練習では、「すみません。ちょっといいですか。手が痛いです。火傷しました」「大丈夫?冷やしてくださいね。あとで報告書を出してください」「はい、わかりました。失礼します」など実践的な会話学習も行われていました。
授業中、1人の生徒が遅れてやってきました。遅刻した理由を説明するクラスの約束に従い、「あの、今日は市役所に行っていました。先生ごめんなさい」と頭を下げました。こうしたやりとりは職場でも活かされそうです。プログラムでは、先生から学ぶだけでなく、クラスで起きる様々な場面から仕事で役立つスキルやマナーを身につけられるよう工夫をしています。


難民申請者の学習における課題
JARではプログラム参加対象者を決めるにあたり、就労許可の有無、生活や健康の状況、意欲などを加味し、開始前には本人に参加への意思を十分に確認します。それでも、今期のプログラム開始時にいた13人の中には、途中で離脱した方もいました。仕事が決まったという喜ばしい理由もありましたが、学習への気持ちがついていかなかったという場合もありました。
JARの現在の日本語プログラムは就労を目的としているため、すべての希望者に提供できるわけではありません。就労許可がある人や許可がおりる見込みがある人に限られます。
また、先が見えず不安定な難民申請中の状況で、学習に取り組むことは簡単ではありません。難民申請期間は平均で約3年に及びます。JARが支援する中では、難民申請から5年以上が経ってもいまだ一次審査中の方や、入管が早期に難民審査を行うとしている「A案件」(難民である可能性が高いと思われる案件)に当てはまるにもかかわらず2年以上待たされている方もいます。2023年以降は、難民申請者への公的支援「保護費」の支給遅延やシェルター不足など難民を取り巻く状況が厳しさを増し、学習に集中できる余力がないケースが多発しました。メンタルヘルス上の問題を抱える方も珍しくありません。
現状の難民認定制度は、認定への手続きに関する法制度の面だけでなく、難民の生きる手段を制限したり、自立の力をそぐなど、定住や自立の観点からも課題が浮かび上がります。「JARの事務所で難民申請手続きや生活の相談を行うときに、〇〇さんのそんな表情は見たことがない」とスタッフが感じるほど、冒頭の修了式での笑顔は、決して当たり前ではありません。
さらに、コロナ禍は難民に長引く影響を与えました。コロナ禍でも日本語プログラムはオンラインに切り替えるかたちで継続し、内容も個別指導を取り入れたり、リモートでの就職面接に対応できるよう非言語コミュニケーション(目線、あいづち、はっきりとした発言など)についてアドバイスを行ったりしました。JAR2022年度(2022年6月~2023年7月)は、日本語プログラム(就労前訓練)を56人に提供、21人がITやコンサルなどの高度人材業務を含む様々な業界で就職しました。しかし、社会的にはコロナ禍が落ち着いて以降、脆弱性の高い立場に置かれがちな難民と周囲との差が顕著なものとなっていることを感じます。難民の社会的な孤立は予想以上に深刻で、日常生活において対面で日本語を使う機会がなく、他者との距離感をはかるなどコミュニケーション力(意欲)そのものが低下しているケースが散見されました。そのため、日常的な会話で「さっそく使えた」「通じた」などの意欲があがることをまずは重視したプログラム内容に変更するなどを行いました。
近年、育成就労や特定技能制度の開始など外国人全体の労働政策が大きく変化する中で、難民への就労支援をどう効果的に行うことができるかも対応が求められます。
「J-LEAP:難民の未来への飛躍を支えるプログラム」
これらの課題に応えるため、JARは試行錯誤を続けています。難民の就労・自立を取り巻く状況が厳しさを増す中で、生活基盤の強化につながる支援や就職後の伴走を強化するなど、本年度からさらに内容を見直しました。対面型教育を復活させ、他者、地域社会と直接つながる環境を整えています。プログラム名も「J-LEAP(Japanese Language Empowerment and Assistance Program for Employment and Autonomy)」と改めました。「LEAP」は「跳ぶ」の意味。参加者が一歩を踏み出し、将来の可能性を飛躍的に広げていく姿を表現し、プログラムのイメージを参加者も支援する側も共有しながら取り組んでいます。
今後、「J-LEAP」の様子はウェブサイトで報告する予定です。ぜひご覧ください。

今後に向けて
今期のプログラム修了生のうち5人が野菜生産工場や運送会社といった多様な職場での就職を実現しました。就労先は一例であり、次期以降の修了生それぞれのスキルや希望に応じた支援を行っていきます。ある生徒は「面接ではクラスで練習した日本語を使いました!」と嬉しそうに話してくれました。自身の「日本語を勉強して自立したい」という強い意志で最大限チャレンジした経験が、今後生きていく上での大きな財産になることを願います。
JARの支援現場では、大卒といった高い学歴を持つ難民の方とも多く出会います。難民としての過酷な経験やバイタリティは、仕事においても大きな力となります。しかし、残念ながら日本社会には、難民や外国人に対して特定の職種に従事する人といった偏ったイメージがもたれる傾向があり、端的に言えば「安い労働力」というまなざしが向けられることが少なくありません。
JARでは、当事者と企業の双方の希望・意向とニーズを丁寧に把握し、マッチングを行うことが、長期的に安定し働き続けられる就職につながる上で重要だと考えています。難民が単に安い労働力として消費されるのではなく、その背景にある経験や能力、かれらを取り巻く現状を踏まえ、難民への理解が深まるよう働きかけを行っています。もちろん、「難民の背景を持っているから受け入れてください」という一方的なお願いをするわけでは決してありません。個々の能力や適性に応じた仕事が最も望ましい一方で、生活状況などから早期の就職を希望される方もおり、本人の意思を尊重する必要もあります。今後も、難民の方がより多くの選択肢を持てるよう、多様な企業の求人開拓に注力していきます。
日本語能力の向上と就職は、地域社会との結びつきを深める重要な要素の一つです。難民の方が単に「支援を受ける存在」として留まるのではなく、「地域を担う一員」として認識され、地域社会の中で自立した生活を送れるよう、JARは取り組んでいきます。
