世界各地で故郷を追われる人が増え、難民問題がより深刻化するなか、国際社会は従来の枠組みに加えて、新たな解決方法を模索し続けています。その一つが第三国(先進国を中心とした難民条約加盟国など)による補完的な受け入れ(Complementary pathways)と言われる取り組みです。
なお、補完的な受け入れは、2023年に日本で導入された「補完的保護(Complementary protection)」とは違う概念です。補完的な受け入れ(Complementary pathways)は、権利や義務という考え方をベースとした取り組みではなく、第三国定住(Resettlement)を補完する受け入れを指します。一方、補完的保護とは、難民条約では保護できないが、他国による保護が必要な人を、他の国際人権法などに基づき保護する仕組みです。補完的保護を受けることは、人間の「権利」であり、保護することは条約締結国の「義務」であるという考え方に基づいています。両者の日本語訳は似ていますが、全く違う概念であることは抑えておいてください。
ここでは、補完的な受け入れについて、UNHCR駐日副代表(法務担当)阿阪奈美さんにお話を伺いました。
記事のポイント💡
- 複雑化する難民問題は国際社会で責任を分担すべきグローバルな課題であり、国連や一国だけでは解決できない。民間も含めて社会全体で取り組む必要がある。
- 留学や就労など多様な受け入れ(補完的な受け入れ)が増えている一方、在留資格の安定性や社会統合における課題もある。
- 補完的な受け入れでは民間の力が重要だが、カナダの事例のように官民の役割分担が成功の秘訣である。
- 多様な受け入れの形が模索される中で、難民条約は難民保護の基礎であり続けている。
- 従来の受け入れに加え、補完的な受け入れも拡充していくことが必要である。
難民と移民が混在した強制移動
ーー世界では1.1億人(2023年5月末現在)を超える人が故郷を追われています。世界の難民保護という任務のもと活動している国際機関、国連難民高等弁務官事務所(以下、UNHCR)としてこの現状をどうとらえていますか?
まず、1.1億人がどれくらいの規模なのかからお話します。日本の総人口は約1.25億人。日本の人口と同じくらいの人が世界で故郷を追われていると考えると、スケール感がわかります。世界の人口ランキングでいうと、1.1億人は15番目くらい。15番目に人口が多い国ができてしまうほどの人が故郷を追われる状況であるというのは、UNHCRとして非常に懸念しています。
ガザ、ウクライナ、スーダンなど新たな人道危機が起きていくなかで、数年前のアフガニスタンやミャンマーのことなどはどんどん忘れられてしまっています。メディアでもあまり取り上げられなくなっていきます。でも人々の動きは止まりません。難民を取り巻く状況は依然混沌としています。
ーーそうした混沌とした状況に対して、国際社会はどう向き合おうとしているのでしょうか?
2011年に始まったシリア内戦は、国際社会における難民問題への取り組みを大きく変えるきっかけだったと考えています。危険をおかして地中海をボートで渡り、欧州を目指すシリア難民など多くの人の移動が起こりました。また、世界各地で、さまざまな要因から難民と移民が混ざりあった状態で移動するという事態1(mixed movements/mixed migration)も年々増加し、顕著となっていきました。
これらの状況を受けて、難民問題と移民問題に対する国際社会の取り組みを変えていく必要性の認識が高まり、さまざまなステークホルダーとのコンサルテーション(課題解決に向けた議論)が行われました。その結果、2018年12月に「難民に関するグローバル・コンパクト(GCR:Global Compact on Refugees)」が国連総会で採択されました。ここで大事なポイントは、移民に関する国際的な枠組み(GCM:Global Compact for Safe, Orderly and Regular Migration)も同時に採択されたことです。GCRとGCMは補完性があります。1.1億人という大規模な強制移動に加え、移民の移動に同時に効果的に対応するには、難民の保護と移民の保護を一緒に取り組んでいかなくてはならないのです。
ーー「難民に関するグローバル・コンパクト(GCR)」はその理念の具体化に向けて、各国がコミットし、効果的に難民支援を進めるための場である「グローバル難民フォーラム(GRF:Global Refugee Froum)」の開催につながりましたね。
GCR採択後、難民保護・支援の責任を国際社会で共有し、さまざまなステークホルダーの知見や意見交換を通じて具体的に進めていくために、GRFという場が設けられました。GRFは世界最大の難民に関する国際会議で、2019年12月に初開催されました。4年に1回の開催で、昨年(2023年)12月に第2回がスイス・ジュネーブで行われ、日本は共同議長国を務めました。世界の人道危機への対応が二極化しているなかで、GRFでは、政治色は出さずに、建設的な議論ができたという意味では成功だったと考えています。
また、企業、地方自治体、教育機関などさまざまな分野からの参加があり、社会全体で取り組んでいかなければならない問題だということは共有できました。今回は当事者である難民の参加者も増え、前回の数十人から300人以上となりました。日本からも3名の難民の方が参加し、日本の好事例の共有や難民同士のネットワーク作りをされていました。
4年後の第3回開催に向けて、今回のGRFでの宣言(pledge:今後取り組みたいこと)をステークホルダーの皆さんがどう実施していくのか、きちんとフォローアップして道筋を立てていくことが重要になってきます。共同議長国の役割は今後4年間続きますので、日本政府には引き続きリーダーシップを期待していますし、UNHCRもできるだけサポートをしていくつもりです。
難民条約は難民保護の基礎である
ーー複雑化する現実に対して、難民条約の意義を問うような事態が生まれています。たとえば、イギリスでは、昨年9月にブラヴァマン前内相が「難民条約は時代遅れ」と発言しました。そして、今年に入り、非正規入国した人をルワンダに移送し、そこで難民申請を行わせる法案が下院で可決されて現在上院で可決されるかに注目が集まっています。難民条約の枠組みを無視するような動きに対して、UNHCRは反論していますが、難民条約の意義や限界についてどう考えますか?
イギリスだけでなく、いわゆる右派政権が誕生している欧州の国は他にもあります。政治以外の要素も考慮しなければいけませんが、こういった状況は私たちに課された課題だと受け止めています。
ただ、「時代遅れ」というのは違うと思います。難民条約とは、難民に国際的な保護を与えるためのシステムを作り、また、ノン・ルフールマン(難民を迫害の危険に直面する国へ送還してはいけないという原則)をはじめとする原則を示し、国際社会が合意したものです。難民を取り巻く状況や時代が変わっても、難民保護の基礎であるべきですし、基礎たり得ると考えています。
また、難民は国境を越えて移動をするわけですから、国際社会で一緒に取り組んでいかなければならないのが難民問題なのです。一国の政府だけで対処できる問題でないことは明らかです。「難民条約は時代遅れで使えない」と一国が言ったところで問題は解決しないでしょう。
なお、世界を取り巻く強制移動は難民条約だけではなく、ほかの国際人権条約にも関わる話です。これらの国際的な枠組みをどう使って適切に難民を保護していくのかが、各国に課された責任ではないでしょうか。
ーー難民となる要因は、ロシアのウクライナ侵攻やイスラエルのガザ侵攻など紛争のイメージが強いですが、近年では、気候変動によって強制移動を強いられるいわゆる「気候難民」も深刻化しています。
気候変動と強制移動はGRFで取り上げたテーマの一つでもあり、今後さらに重要になるでしょう。GCRでは、気候変動と強制移動の要因が相互に影響し合っていることが言及されています。気候変動は新たな形の危機で、その国の人も難民も同じように影響を受けることになります。
紛争が終わって難民が自分の出身国や地域へ帰ろうと思ったけれども、気候変動の影響で帰れる状況ではなくなってしまうこともあります。気候変動が原因で、その土地で限られた資源をめぐる争いが発生し、故郷を追われる人々も出てきています。このように紛争と気候変動が絡み合っていることも、難民問題は複雑化している要因のひとつといえます。
教育や就労を通じた受け入れの広がり
ーーここから本題の「補完的な受け入れ」について伺います。従来の枠組みに加えて、国際社会が模索している新たな解決方法の一つとして位置づけられてる補完的な受け入れ。この取り組みについて詳しく教えてください。
補完的な受け入れとは、難民が第三国において、留学や就労などの制度を通じて国際保護を受けることのできるようにする、安全かつ正規の受け入れのことを言います。政府のみならず、企業のような民間セクター、教育機関や市民社会などが主導となって行われていますが、第三国の政府主導で行われる第三国定住による受け入れを「補完」するという意味で、「補完的受け入れ」と位置付けられています。
まず、それが生まれた経緯からお話します。先ほどお話したように、世界で故郷を追われる人が継続的に増え、問題の複雑さが増し続けているなか、今までのやり方では立ち行かなくなっているという認識が国際社会の間で共有されました。そこで、難民をより公平な形で受け入れ、責任を分担するために、2018年のGCRで第三国での受け入れを増やし、難民問題の解決を強化していく(expanding third country solutions)指針が打ち出されました。
第三国での解決というのは、第三国定住の拡大と補完的な受け入れの発展によって達成されます。補完的な受け入れと実質同様のプログラムはそれまでも行われていましたが、UNHCRとして必ずしも戦略的・体系的に取り組んでいたわけではありませんでした。日本の補完的な受け入れは、たとえば、国際協力機構(JICA)2や一般財団法人パスウェイズ・ジャパン3が中東諸国などから、高等教育を通じた受け入れを奨学金プログラム実施という留学のような形で行っています。
今後日本でも推し進めていけたらと思ってるのが、就労を通じた受け入れ(Labour mobility pathways)です。日本は労働人口減少や少子高齢化問題に直面しているので、難民も人材として捉えることにより、就労を通じた受け入れのポテンシャルがあるのではないかと考えています。
ーー補完的な受け入れの広がりのなかで、難民条約による受け入れについてはどう考えたらいいのでしょうか?
UNHCRとしては、補完的な受け入れを今後日本でも拡大してほしいと思っていますが、それは先ほどお話した通り、GCRで提唱しているように、第三国での難民問題の解決を強化するという枠組みです。難民条約に基づき個別の難民認定審査を経て国際保護を与える制度とは別のスキームなので、取って代わるものではありません。どちらも並行してやっていく必要があると考えています。
また、一部の先進国では、「第三国定住を減らし、補完的な受け入れを増やす」というような主張も聞かれますが、難民保護を効果的そして効率的に推し進めていくためには、あらゆる取り組みを同時に進めていかなくてはいけないと考えています。
先進事例のカナダは定住を前提とした受け入れ体制
ーー補完的な受け入れにおいて先進的な取り組みをしている国はありますか?
カナダはこの分野ではかなり先進的で、率先してさまざまな取り組みを行っています。たとえば、補完的な受け入れを実施している多くの国で課題となっているのは、その難民の長期的な在留資格ですが、カナダは、難民が出身国に帰れないという事情も考慮の上、カナダに定住してもらうことを前提で受け入れています。補完的な受け入れで来た難民の人たちに、短期的・中期的な在留資格ではなく、永住という長期的な在留資格を与えています。
それから、受け入れのプロセスではさまざまな分野の関係者が関わっていて、それぞれが役割を担い、難民を支えていく仕組みを作って実施しているのも成功の秘訣だと思います。たとえば、市民やNGO、企業が主体となって難民を受け入れるコミュニティー・スポンサーシップという受け入れの形態があります。カナダ政府は、受け入れを実施するにあたって、必要な資金や技術的な支援を提供しますが、同時に受け入れコミュニティーなど他の関係者に期待する役割もあり、官民連携のバランスをうまくとりながらやっていっていると思います。それが日本の文脈でそのままできるかと言ったらそうではないと思いますが、日本でも見習えるところは見習いたい取り組みです。
ウクライナ避難民の受け入れのとき、日本各地の地方自治体や多くの市民、企業などが手を上げて受け入れに積極的に関わったという動きがありました。そのような経験からの学びをきちんと今後のさまざまな難民受け入れの方法に反映した上で、ウクライナだけではなく、ほかの出身国の人たちにもどうやっていけるのか、考えていけたらと思います。
【JARの解説】カナダでは、難民認定や第三国定住による受け入れに加え、プライベート・スポンサーシップ(民間による難民受け入れ)による受け入れも積極的に行っています。
この取り組みは、ベトナム戦争で大量に生み出されたベトナム難民の受け入れ促進のため、1978年、教会を中心に始まりました。受け入れられた難民は、カナダ入国と同時に永住権が付与されます。連邦政府と各州政府の医療保険に加入でき、ほとんどの医療は無料、語学習得のサービスも無料で受けられます。医療、語学以外のあらゆる支援を民間が担い、入国後の1年間の生活に責任を負い、各スポンサーが難民の自立を促していきます。スポンサーになるには、1年間の支援費用として政府に定められた金額を用意しなければなりません。難民1人を受け入れる場合は12,600カナダドル(約100万円)が必要とされ、初期費用や生活支援金としてスポンサーが支出します。また、入国後2週間程度で就労資格が付与されますが、1日も早く就職できるように支援するのもスポンサーの役割です。
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ーーアジア地域で参考になる国はありますか?
補完的な受け入れについて、アジアでは、実は日本が一歩先を行っています。他には今のところ韓国とフィリピンが実施しています。2017年に開始したJICAの高等教育を通じた受け入れは、アジア地域でははじめての試みでした。しかし、欧米諸国のような規模で受け入れに取り組んでいる国はまだありません。社会の受け入れキャパシティーなどを考慮しつつ、どこも小規模で始めて成功事例を確実に作り、徐々に理解を得ながら人数を増やしていきましょうという感じでしょうか。
日本はGRFの共同議長国ですし、まずは既にある好事例をもっと積極的に外部に発信していけたらいいのではと思います。難民受け入れは日本社会にとって負担になるといったイメージを持たれることがありますが、UNHCRとしては、そういった視点や見方を変えていくことが大事だと思っています。
政府と市民社会の役割分担が重要
ーーカナダでは、政府が受け入れの基盤となる長期的に安定した在留資格、言語習得の機会、子どもの教育機会の保障などを整備し、きめ細やかで多様なニーズに合わせた柔軟な対応が必要な部分は民間が担うといった分担をしています。補完的な受け入れを拡大していくために必要な視点や課題、懸念について教えてください。
UNHCRもプロセスの最初から関わりつつ、政府主導で行っている第三国定住と異なり、補完的な受け入れは、UNHCRが関わるものと関わらないものがあります。また、その関与の度合いも異なります。
たとえば、JICAのように、政府機関が主導するプログラムもあれば、市民社会や教育機関が主導する場合もあります。就労を通じた受け入れに関しても色々な実施の仕方があり得ますが、難民を雇用する企業が主導したほうが、サステナブルだろうと思います。
在留資格の付与については政府の重要な役割です。日本の場合は、高等教育目的で来たら「留学」の在留資格ですので、卒業したらどうなるかという状況になります。難民なので、ノン・ルフールマン原則がありますし、そもそも自分の国には帰れません。
家族の呼び寄せも大きな課題です。補完的な受け入れは、第三国定住のように家族を一緒に連れて来られる場合と、そうでない場合があります。家族統合は難民がその国で安定した生活を送るために大変重要な要素ですし、権利でもあります。
在留資格や家族の呼び寄せについては、他の補完的な受け入れを実施している国でも大なり小なり課題であり、改善の余地はあるようです。
また、受け入れに関わる関係者は、難民特有の背景や事情を受け入れの前にきちんと理解することが重要です。たとえば、出身国の周辺国など第一次庇護国から(第三国の)日本に行く場合、第一次庇護国の政策によっては、一度出国した難民は再び受け入れない(non re-admission)という政策がある国が少なくありません。もちろん、出身国にも帰れないので、受け入れた日本で安定した在留資格があることが受け入れにおいて必要です。身分証明書、パスポートなどの渡航証明書についても理解が大切です。一般の外国人と違って、難民はそうした書類を持っていない場合が多いです。今後、補完的な受け入れを拡大するにあたって、こういった点をきちんと理解して進めていくことは課題だと思っています。
補完的な受け入れは、教育や就労など特定の目的に沿って条件を設定し、それを満たした難民を選別的に選んでいきます。一方で第三国定住は、脆弱性など難民保護のニーズに基づいてUNHCRが推薦した難民を、第三国政府の選定基準にそって受け入れてもらうというプログラム。違いはありますが、すべて同時に進めていかなくてはいけないと思います。
ーー最後にJARのようなNGOや市民社会の役割について伺います。補完的な受け入れにおける市民社会の存在意義はどこにありますか。
世界で難民の補完的な受け入れは広がり続けるでしょう。受け入れ支援においては、自治体や学校、企業など関係者との連携をさらに強化して基盤を固めていくことも重要です。受け入れ後の定住支援においては市民団体には、それぞれの専門的な知見を活用した役割を担ってほしいと思います。ですので、そのために関心を持つNGOや市民団体の数がさらに増えて協働していくことを期待したいです。
<阿阪奈美さんプロフィール>
UNHCR駐日副代表(法務担当)。エセックス大学(英国)国際人権法修士課程修了。法律事務所(企業法務)にて5年、(公財)アジア福祉教育財団 難民事業本部にて2年勤務後、2008年にJPOとしてUNHCR南スーダン・ジュバ事務所に派遣され、准保護官として約2年勤務。その後ヨルダン、タイ、エチオピア、スーダンの事務所にて難民や国内避難民の保護、自主的帰還、帰還民の再統合などの事業に従事。2022年3月より現職。
- 戦争や迫害を逃れた難民だけでなく、近年では、国境を越えた人の移動が広がる中で、移民の大規模な移動も深刻な人道危機につながっている。移動する途中や移動先で、虐待や搾取、生命の危険に直面したり、強制労働を強いられる人もいる。そうした実態から「難民」と「移民」の異なるニーズに対する迅速な把握や対応が難しくなってきている。[↩]
- シリア難民に対する人材育成事業「シリア平和への架け橋・人材育成プログラム(Japanese Initiative for the future of Syrian Refugees:JISR(ジスル)」として、2017年からJICAがシリア危機により就学機会を奪われたシリア人の若者に教育の機会を提供している。https://www.jica.go.jp/overseas/syria/others/jisr/index.html[↩]
- 難民支援協会の「シリア難民留学生受け入れ事業」を6年目となる2021年7月に引き継ぎ、教育を通じて難民の新しい道を拓くことを目指し、活動を開始している。https://pathways-j.org/[↩]