JARには年間約700人が相談に訪れます。紛争やおぞましい人権侵害から日本に逃れてきた難民へ総合的な支援を提供する国内唯一の場所であり、日本で最初のよりどころとなっています。約20年前に机1つ、スタッフ1人で始まった頃から比べれば大きくなりましたが、四谷の旧事務所は支援を求めてくる人の数、活動の幅広さに対してあまりに狭く、限界を感じていました。来日したばかりで大きな不安を抱えながら、ようやくたどり着いた支援団体で足も十分に伸ばせないということがあって良いのか―。そんな問題意識から事務所移転を本格的に検討し始めました。
想像をはるかに越える反響
せっかく移転するなら、安心して話せる音が漏れない相談室、緊張しない温かみのある空間、きちんと食事ができる場所を作るなど、これまで課題に感じていたことを解消し、「難民が安心できる空間」を作りたいと考えましたが、費用がかかります。移転の必要性と私たちが作りたい空間を具体的に描けば、趣旨に賛同して支援してくださる方がいるかもしれない。そう考え、昨年の世界難民の日(6月20日)を皮切りに、事務所移転のための寄付を呼びかけました。なんと、1ヶ月足らずで384名もの方から約1,300万円が集まり、資金という最大のハードルを乗り越えることができました。
夏から始めた物件探しには長らく苦戦。来日直後で全く土地勘がないなかで来訪する人が多いことを考えると、駅自体へのアクセスの良さに加えて、駅から近く、道も分かりやすいことは必須条件の一つでした。しかし、その条件を満たす物件は基本的に賃料が高く、候補に残るのは古い物件。古いと天井高が低いことが多く、尋問や拷問を経験した人にとっては閉塞感が強すぎるなど、なかなか条件に合う物件が見つかりませんでした。半年間で約200件の提案を検討、17件を内見し、弱気になりかけていたところで、ようやく理想的な物件にめぐりあい、入居についてオーナーの理解も得ることができました。立地は水道橋駅(JR総武線・三田線)から徒歩7分で広さは旧事務所の倍以上あります。
設計にあたっては、池田雪絵大野俊治 一級建築士事務所がプロボノ(ボランティア)で全面的にご協力くださいました。6年前に発行したレシピ本『海を渡った故郷の味』をきっかけにJARを知って以来、何かしたいとの思いから今回の移転計画に協力を申し出てくださったのです。難民の方々が安心して過ごすために必要な内装要件についてスタッフの間で繰り返し議論した結果、多くの要望が生まれましたが、池田さん・大野さんが一つひとつ丁寧に汲み取り、設計に落とし込んでくださいました。1ヶ月間の工事を経て、2018年5月、ついに新しい事務所が完成。特にこだわった点についてご紹介します。
音がもれない環境で相談できる
旧事務所では簡易に仕切られた相談スペースが4つありましたが、話し声が隣りに聞こえてしまうため、同じ言語を理解する方が隣り合わないよう、いつも調整に苦心していました。母国での拷問の経験など、他の人には聞かれたくない内容を話したり、相談中に泣き崩れる人もいるため、音がもれない相談室の確保は最優先の課題でした。
新事務所では相談室を6つに増やし、3つを防音に設計、そうでない部屋も音楽を流すことで会話が聞こえないよう工夫しています。安心して話してもらうことができ、スタッフにとってもカウンセリングに集中できると感動の声があがりました。
木の温もりが感じられるあたたかい空間
母国で過酷な体験をし、多様な文化を持つ人が安らぎを感じられるようにと、池田さん・大野さんが予算の範囲で、可能な限り国産の杉材を中心とする天然素材を選んでくださいました。温もりが感じられ、ほんのりと木の香りもして好評です。相談室のドアも、上部はくもり加工・足元は透明な設計とし、個人が特定できないようにしながら、閉塞感を感じさせない仕様にしました。リラックスチェアを配置した相談室もあり、より精神的なリラックスが必要なケースで使用しています。
リラックスに必要なスペース
旧事務所の待合室では、狭い空間に順番を待つ方がひしめき合い満員電車のようでした。そこで食事をする人もいれば仮眠をとる人もおり、落ち着くことはできない環境でした。新事務所では以前の約3倍の広さを確保し、大きな窓からは公園が見えます。ゆったりできるソファや椅子を、十分な間隔をあけて設置し、食事専用スペースも設けました。情報を調べるためのパソコンはブースで仕切られ、周りから画面を見られないよう配慮。一人でゆったりする人、談笑する人、食事をする人が、カフェにいるように思い思いに過ごしています。難民の方々の表情にも明らかな変化が見られ、「ここなら一日中、過ごしたい!」「用事は済んだけど、もう少しこの場所を楽しんでから帰ろうかな」といった嬉しい感想が寄せられています。
子ども連れでもゆっくり過ごせる
子どもを連れて来る方もいますが、以前は狭い場所で他の大人と一緒に待ってもらうしかありませんでした。おもちゃなども広げられないため、待ち時間が長いと子どもたちは飽きてしまい、スタッフ用の執務スペースを走り回る子も。雑然としたオフィスでは危険を感じることもあり、親子ともに落ち着けない環境でした。
新しい事務所では、寄贈いただいたマットを待合室の一部に配置し、その上でおもちゃや絵本を広げて遊ぶことができ、親子でゆっくり過ごせます。同じく寄贈されたベビーチェアで食事をしたり、授乳やおむつ替えの時には空いている相談室を利用できます。
仮眠やお祈りができる部屋
以前は多目的に使える部屋がなく、仮眠やお祈りをしたいという要望に応えられないこともありました。十分な数の相談室を確保したことで、空いている部屋を多目的に利用できるようになり、仮眠やお祈りのほか、電話や書類作成など、プライバシーを確保したい時に使用でき、利用者の安心につながっています。
よりよい支援を届けるために
そのほかにも物資専用のスペースを設けたり、キッチンを広くしたりなど、よりよい支援を行うためにさまざまな点を工夫しました。そして、来日直後でホームレスとなるなど、過酷なサバイバルを余儀なくされている人が、一時の安心を得られる空間を作ることができました。スタッフの執務エリアも広がり、事務に集中できる環境になっています。
資金集めからすべて民間で作り上げた空間。日本に逃れてきた難民を取り巻く環境は、今後ますます厳しくなることが予想されますが、私たちは難民保護を決してあきらめず、この新しい事務所で、民間の手でできることを継続していきます。より多くの人に活動に参加いただき、民間で支えられる部分を増やしていけたらと願っています。
ご支援はこちらから