2015年10月、カナダ自由党のトルドー氏が保守党を破って首相に就任したニュースは、世界的な注目を集めました。約10年ぶりのリベラル政権となる上、同年末までに25,000人のシリア難民受け入れを公約に掲げて当選したからです。さらに、当選後まもなく起きたパリ同時多発テロ事件を受け、各国がシリア難民の受け入れに及び腰になるなか、カナダは積極的な姿勢を崩しませんでした。運用上と安全上の問題から予定を2ヶ月遅らせたものの、トルドー氏は「カナダへやって来る難民の家族が恐怖でなく、歓迎の空気で迎えられるようにしたい」と受け入れを約束し、実現させました。政治的リーダーシップに加え、この受け入れ実現を後押ししたのは、市民社会の賛同と協力です。半年足らずでカナダに到着したシリア難民25,000人のうち8,950人が「民間難民受け入れ(プライベート・スポンサーシップ)」と呼ばれる民間主導による受け入れでした。本記事では、トロント視察から見えた民間難民受け入れの可能性を探ります。視察は難民研究フォーラムの調査事業として実施され、JARスタッフ(新島)が調査員として参加しました。
目次
1.カナダの難民受け入れ制度の概要
カナダにおける難民受け入れの方法は、日本と同様に「条約難民」と「第三国定住難民」に大別されます。自力でカナダにたどり着いた人は、難民申請によってカナダ政府に審査を求めることができ、難民条約上の難民として認められれば、在留を続けられます。なお、難民申請中も在留資格が付与され、公的なサービスを受けられます。一方、周辺国の難民キャンプなど、出身国以外の地域に逃れている難民を各国が主体的に呼び寄せて受け入れるのが第三国定住です。カナダの第三国定住の特徴は、政府による受け入れだけでなく、官民連携による受け入れプログラムや、民間主導での受け入れも可能な点です。例えば、トラウマを抱えている難民、一人親で子どもが10人いるような大家族、暴力を受けた女性や緊急保護が必要な人など民間だけでは自立支援が困難と思われる、脆弱性が特に高い難民については、政府が、あるいは官民連携で受け入れるなど、責任を分担しています。2014年に受け入れた難民は合計で23,286人。内訳は以下の通りです。
難民申請により認定された人 7,749人(33%)
政府による第三国定住によって受け入れられた人 7,573人(33%)
民間受け入れ 4,560人(20%)
すでにカナダに受け入れられた難民の家族呼び寄せ 3,227人(13%)
官民連携による受け入れ 177人(0.8%)
*括弧内は全体に対する割合
先述の通り、2016年2月末までに急遽受け入れた25,000人のシリア難民のうち、3割以上を民間が担いました。いま、カナダ独自に発展している「民間難民受け入れ(プライベート・スポンサーシップ)」に各国から大きな注目が集まっています。
2.民間難民受け入れとは
カナダの民間難民受け入れは、ベトナム戦争で大量に生み出されたベトナム難民の受け入れ促進のため、1978年、教会を中心に始まりました。
受け入れられた難民は、カナダ入国と同時に永住権が付与されます。連邦政府と各州政府の医療保険に加入でき、ほとんどの医療は無料、語学習得のサービスも無料で受けられます。医療、語学以外のあらゆる支援を民間が担い、入国後の1年間の生活に責任を負い、各スポンサーが難民の自立を促していきます。スポンサーになるには、1年間の支援費用として政府に定められた金額を用意しなければなりません。難民1人を受け入れる場合は12,600カナダドル(約100万円)が必要とされ、初期費用や生活支援金としてスポンサーが支出します。また、入国後2週間程度で就労資格が付与されますが、1日も早く就職できるように支援するのもスポンサーの役割です。
スポンサーの形態は大きく3通り。民間難民受け入れ認証団体(スポンサーシップ・アグリーメント・ホルダーズ)と呼ばれる、政府が認証した人権団体や、カナダ在住の移民・難民が組織した団体によるもの。
18歳以上のカナダ国民もしくは永住者の5人以上で構成される「5人グループ(グループ・オブ・ファイブ)」によるもの。そして、難民が定住する地域に存在する学校、会社、町内会など多様なコミュニティが対象となる「難民受け入れ地域組織(コミュニティ・スポンサーズ)」です。ここでは、最大規模の民間難民受け入れ認証団体である「ORAT (Office for Refugees, Archdiocese of Toronto)」の取り組みから、民間難民受け入れの仕組みを具体的に見ていきます。
難民キャンプでの面接から受け入れ団体とのマッチングまで
いわば政府公認のスポンサーである、民間難民受け入れ認証団体はカナダ全土に105あります(2016年7月時点)。下部組織として、受け入れ支援担当グループを持つことができ、このグループが住居を探したり、子どもたちの学校を手配したりと、入国前から実質的な支援を行います。
民間難民受け入れ認証団体の特徴は、受け入れる難民を自ら選考できる点です。5人グループと難民受け入れ地域組織が受け入れられる難民は、UNHCRにより難民認定された人に限られますが、民間難民受け入れ認証団体の場合、難民キャンプなど難民が逃れている地域に出向いて独自の基準で審査を行い、難民と認めた人を受け入れることができます。選考した難民と受け入れ支援担当グループをマッチングし、マッチングされた難民の情報を移民局へ申請。セキュリティチェックを通過すれば、受け入れ手続き完了です。ただし、セキュリティチェックにかかる期間は出身地域などによって異なり、5年以上かかるケースもあります。
視察したトロントの団体ORATは、カトリックのトロント大司教区が運営する組織で、主な財源はトロント大司教区と個人からの寄付で、政府からの財政支援は一切ありません。トロント大司教区に所属する小教区のうち、約140の小教区が受け入れ支援担当グループとなり、難民を受け入れています。十数年前は約10分の1の小教区しか参加していなかったことから、いかに、ORATが難民受け入れの意義を各小教区に示し、賛同を呼びかけてきたか、不断の努力が伺えます。カトリックの大司教区が運営する団体ではありますが、受け入れる難民の宗教、人種、出身地域は問わず、イスラム教徒等も多く受け入れています。2015年には、約430人の難民がORATによるスポンサーでカナダに入国しました。
カナダの冬はマイナス20度。どう克服する?
ORATは難民キャンプなど、難民が逃れている地域に、スタッフと小教区のメンバーを送り、セレクションを行います。自分の小教区でどのような難民を受け入れたいか、セレクションの段階から関わることができます。候補の難民と実際に会い、2回の面接と可能な範囲で家庭訪問をし、難民該当性 (eligibility)、犯罪歴や過激な思想に走ったことがないかなどの適格性 (admissibility)、自立可能性 (adaptability)を評価します。自立可能性は特に重要です。例えば、英語圏の難民キャンプに5年居住していたにも関わらず、最低限の英語しか話せない場合、自立可能性は低いと判断したり、家庭訪問で、限られた物資をどう有効活用しているかを見たりなど、さまざまな角度から能力を計ります。面接内容のもとになる、17ページにわたる質問リストにも、自立可能性を問うものが多数含まれています。例えば、「カナダの冬はマイナス20度になることも多々あり、あなたは職場まで毎朝30分歩いて出勤しなければなりません。どう克服しますか?」「カナダのファストフード店で働くとすれば、定期的なトイレ清掃が仕事内容に含まれることが一般的です。そのような仕事でも引き受けますか?」など、カナダでバラ色の世界が待っているわけではないことを具体的に示し、対処能力を問います。事前に厳しい現実も理解してもらい、それでもカナダに来たいかを選択してもらうのです。期待値を上げすぎないように注意しながら、カナダに着いたら何をしなければならないかを能動的に考えてもらうことを促す選考が行われます。
入国前からスカイプやメールで密なやり取り
一方、受け入れを希望する小教区に対しては、説明会が開かれます。各小教区に所属する一般市民がこの会に参加し、必要な支援費用を集めるなど、受け入れに向けた準備を始めます。単身の男性、子どものいる家族というように、ORATは小教区からの希望にできるだけ沿ってマッチングを進め、決まればすぐに、小教区と難民はスカイプやメールで頻繁に連絡を取り合います。この時点から、受け入れが始まっていると言っても過言ではありません。難民がカナダに到着する頃には、既に信頼関係が出来上がっていることが理想とされます。ORATによる1回目のインタビューからカナダに入国するまで、平均3~4年かかりますが、その間、小教区は住居や家具など生活用品一式の準備を着々と行いながら、難民と連絡を取り続け、物理的、精神的に新たな生活をスムーズに始められるよう環境を整えます。
視察では、数日前にカナダに到着したばかりだという、アフリカからの難民に会うことができました。小教区のメンバーと難民との間には、入国して数日とは思えないような関係が築かれており、小教区が難民のために用意した住居を訪れると、歯ブラシからベッド、ダイニングテーブルに至るまで、全て小教区に寄付されたもので賄われていました。
入国から1年間は小教区が責任を持ち、行政手続き、学校の手配、就職支援など、あらゆる生活支援を行います。なかでも重視するのは、就労支援です。はじめは、言葉があまり必要ないような工場やレストランでの皿洗いなどを中心に、1日でも早く就職できるよう支援します。就職先が見つかるまでは、事前に用意した支援費用から生活費を捻出します。訪問した小教区では、できる限り、就労を促して支出を抑え、次に受け入れる難民のために繰り越しているそうです。双方による入国前の入念な準備によって、1年以内の自立を目指しているといいます。
市民社会の熱気
ORATやその他の民間難民受け入れ認証団体による説明会は、トロント滞在中にも毎晩のように開かれ、どの会も主催者の想定を遥かに上回る参加者が集まっていました。印象的だったのは、イラク出身者を中心とする教会で行われたORAT主催の会です。十字架の下にはアラビア語があしらわれ、説明もアラビア語の通訳付き。難民受け入れに関わりたい約150人の参加者たちが非常に熱心に質問をしていました。なかには、友人や親戚が本国に残されており、早く呼び寄せたいという切実な声もありました。開催を手伝うボランティアには、難民としてカナダに来た人々もいて、自らの経験を次の世代に提供する好循環が生まれていました。
また、カナダの市民社会の影響力は民間難民受け入れに留まりません。2016年2月末までに2万5千人のシリア難民受け入れを達成するため、政府が急ピッチで調整を進めていたところ、政府の第三国定住により受け入れられたシリア難民のうち200人余りは、最終的な定住先の準備が間に合わず、1ヶ月以上、各地域のホテルに留め置かれる問題が起きてしまいました。ホテル住まいを強いられるシリア難民に対して、できる支援はないかと地域住民が緊急ミーティングを開催。いつまでそこに滞在するか分からないにも関わらず、地域で活動するNGO、小学校の教師など、一般市民が約150人も参加し、支援が検討されました。アラビア語の通訳ができるグループ、健康診断を受ける病院に行くための車を出せるグループ、子どもたちに教育を提供するグループなど、それぞれが出来ることを寄せ集めて分科会を結成。政府任せにせず、自ら立ち上がって貢献しようとする姿に、市民社会の難民受け入れへの熱い思いを見ることができました。
写真:(中央)民間難民受け入れ認証団体による説明会(右)地域住民による緊急ミーティング
3.日本における民間難民受け入れの可能性
毎日のように百人単位でシリア難民が到着していた時期に、カナダを訪問できたことは非常に貴重でした。民間難民受け入れが成り立つには、制度に加えて、当然のことですが、それを実践する市民の存在が不可欠です。政府だけに任せるのではなく、市民一人ひとりが、自分のできることを肩ひじ張らずに行っている姿を目の当たりにしました。現在は、世界からも注目されるカナダの民間難民受け入れですが、十数年前は、ORATに所属して難民受け入れに取り組む小教区の数が、今の約10分の1だったことからも、試行錯誤を繰り返しながら、活動に参加する市民が増えていったのだと想像します。
トロントは、カナダ以外で生まれた人が全人口の約半分を占めます。新たに到着する難民たちと同じ、もしくは近い境遇にあった人が多いことや、無償の語学教育や医療など、移民国家ならではの制度や社会インフラが前提となっていることを踏まえると、カナダの民間難民受け入れを、そのまま日本に導入することは難しいのが現状です。
しかし、支援の現場にいると、地域住民との摩擦やトラブルはもちろんありますが、一方で民間の力を実感する場面にも日々遭遇します。難民を積極的に雇用する企業や、難民を受け入れたいと問い合わせてくださる日本語学校、難民が居住する各地域で自然と手を差し伸べる住民の方々―。日本には、これら民間の力の受け皿となるような、受け入れのための制度がありません。日本ならではの民間難民受け入れを目指し、小さくても一歩を踏み出すことが私たちに求められていることと思っています。
視察の学びから、実際に日本で始めた民間主導の難民受け入れ事業についてはこちらをご覧ください。