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日本に暮らすシリア難民は今

    2011年3月。未曾有の大地震と津波が東日本を襲ったこの時期、シリアでは、反アサド政権に対する抗議運動が本格化。
    その後、シリア全土に内紛が広がり、ISISが台頭する中、シリアの情勢が収束する見込みはたっていません。
    世界各国でシリア難民の受け入れや現地への支援を行っています。
    そんな中、日本にも、紛争が激化するシリアから逃れてくる人がいます。
    残念ながら、今のところ、難民申請をして難民として認められた人はひとりもいません。
    来日して2年がたつジュディさんも、その一人です。
    反政府デモの中心人物として政府から狙われ、故郷を後にしました。
    逃れる時に妻のお腹にいた息子には、まだ会ったことがありません。
    家族とはすぐに再会できると思っていたそうですが、長引く内戦で母国には戻れません。
    たどり着いた先、ここ日本への呼び寄せも、さまざまな壁に阻まれ難航しています。
    現在、妻と子どもは隣国イラクに避難し、国境沿いの難民キャンプに身を寄せています。
    夏は暑く、冬は寒いテント生活。妻と子どもたちのことを考えると、何をやっても手がつきません。
    時々、スカイプ(インターネット電話)で話はしますが、
    「画面の先にいる自分に、幼い息子はあまり声をかけてくれない」と、苦しそうに話します。
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    シリア国内の紛争を受け、さまざまな理由と経緯から日本政府に助けを求め、
    日本で難民申請をしたのは昨年までで52人。しかし、結果が出た34人全員が不認定でした。
    政府は、「人道的理由」から日本での滞在は認めたが、難民とは認めていない。
    家族を日本に呼び寄せるにもいくつもの壁があります。
    現在、JARは、ジュディさんの家族呼び寄せについて、政府など関係機関と調整中です。
    人権侵害や紛争などで故郷を追われ、「難民」となる前は、私たちと同じように仕事や家があり、
    家族との日常を持っていた人たちです。多くを失うことも苦しいですが、
    逃れた先でそれらを回復していくことも大変な道のりです。
    JARは「普通の父親のように働いて、子育てをしたい」というジュディさんの希望が叶えられるようサポートしつつ、
    難民の家族統合が適切になされるよう、制度的な改善に向けて取り組んでいます。
    *衆議院予算委員会にてシリア難民の受け入れと難民の家族統合に関する質問および答弁はこちら