「日本は平和な国だと学校で習ったことが心に残っていた。」「最初にビザがとれたのがたまたま日本だった。」母国を離れて様々な理由で日本にやってくる難民は、日本社会で非常に厳しい環境におかれています。国連からも改善が求められているこの状況を変えていくためには、多くの市民の理解と協力が必要だと考えます。
新しい社会−官から市民へ
「公共サービスは行政が提供し、市民は供給される立場」という構図では、ニーズが多様化した現代社会は立ち行かなくなっており、変化に応じた市民活動が求められています。
「市民が行う自由な社会貢献活動としての特定非営利活動の健全な発展を促進」することを目的として、特定非営利活動促進法(NPO法)が施行されたのは1998年12月。これまで4万以上のNPO法人が認証され、活動しています。
また、市民活動が更に拡げるための「認定NPO法人制度」では、NPO法人の中で組織運営及び事業活動が適正であること等の一定の要件を満たして国税庁に認定された団体への寄付金が一部税控除の対象になります。難民支援協会(JAR)は、2010年7月現在173ある認定NPO法人の一つです。
2010年1月の鳩山首相(当時)の施政方針演説では、「新しい公共」を国家戦略の柱としました。「新しい公共」円卓会議では、人々の支え合いと活気のある社会をつくるための当事者たちの協働の場を「新しい公共」とし、「国民、市民団体や地域組織」「企業やその他の事業体」「政府」等が当事者として参加・協働するとして、これからの日本社会の目指すべき方向を議論しています。
NPOとしてのJARの役割
「私は日本が難民を受け入れる国になって欲しいと思っています。難民を受け入れることは、国の責任論や負担を分担するという考え方ではなく、魅力ある国・社会をつくっていくことだと思います。」
こう語るのは、NPO法の成立や改正などを中心になって進めた「シーズ・市民活動を支える制度をつくる会」の副代表理事・松原明氏。
「政府は今、負いきれない責任でアップアップしています。ある程度の公共ファイナンスを民間でやっていかないと、日本国がもたないのが現実です」。また、大きな資金を動かすことはできても細分化した資金を配分する役割としては向いていない政府、生活支援などの具体的な社会サービスができない政府に変わって、社会サービスの現場を担って、その現場からの提案を政府に届けていくのが民間の役割だと指摘します。
創設時からJARを知る松原氏は、「やり方をこう変えてはどうか」「こういう仕組みを作れば、難民は社会の重荷にならず利益になる」という具体的提案をしていくべきだと難民支援分野でのオピニオンリーダーとしての役割をJARに期待します。「人間に投資することで社会が発展し国際競争力がつくのであり、『こういう社会を選びませんか』という社会提案をJARだからこそできるはずです。JARが描く社会は多くの人に支持されることと思います。」(インタビュー詳細はこちら)
支援の輪を広げる
JARは年々増加する難民の支援を日々継続し、よりよい難民認定手続きを導入する「出入国管理および難民認定法」の改正にも関わってきました。日本の難民支援のエンジン部分であることが、JARの活動の迫力になっているとも言えます。
こうしたJARの活動には、ミッションに対する熱い思いを共有し、難民を支援するという本業に寄り添ってくれる相手がいました。それは、市民であり、市民である企業・団体でした。
企業の支援
JAR設立から数年間は、財政的にも組織的にも厳しい運営が続きました。設立3年目に、社員が参加する地域ボランティア活動を資金面で援助する「ボランティア市民活動資金支援プログラム」(現:「パナソニック地球市民活動支援プログラム」)で助成をいただいたパナソニック株式会社。1人の若手社員の熱意と、その熱意を汲み取るベテラン社員の思いから始まりました。
当時のプログラム担当者であった日塔憲夫氏と現在の担当者である田中典子氏に現在の大きくなった事務所にお出でいただき、設立当初から今までの支援についてお話をいただきました。お2人は、JARの真面目な活動とスタッフの熱心さ、そして難民支援の状況を変えていく必要があるという使命感の共有が長い支援の理由だと語ります。
広報パネル作成資金の支援に始まり、「難民アシスタント養成講座」の会場提供、物品提供、社員の方々からのご寄付等にまで拡がったパナソニックの支援。支援開始時に担当されていた日塔氏は、何度か事務所に足を運んで調査をした際に、「強烈な印象」と「胸がつまる思い」を感じたそうです。(詳細はこちら)
企業がNPOを支援することについて、「NPOの実態は社会の実態とイコールです。社員が生活者としての視点を持って社会に貢献していくことで、社員のレベルが上がっていくと思っています。」「企業も厳しい時代です。様々な形での社会貢献の方法を模索し、企業とNPOがパートナーとしてレベルアップできるように心がけるべきです。NPOはもちろん企業としてもメリットのある、いろいろな視点・方法を取り入れたメニューを用意してもらって糸口を見つける、その積み重ねが大切だと思います。」とお話いただきました。
また、JARで広報や資金調達を担当するスタッフ鹿島美穂子は、「2004年にスタッフとしてJARで働き始めた当時、私自身も知らないことだらけでしたし、JARも企業との連携はそう多くなく、手探りの状態でした。そんなときに『これでは企業の継続的な支援は得られない』など、厳しくも、あたたかい指摘をしてくださった日塔さんの言葉によって、多くの学びを得ました。そういった過程を経て、社会から自分たちがどのように見られているかを意識するようにもなり、また、訴求力のあるメッセージや提案を少しずつ磨けるようになってきたのだと思います」と語ります。「NPOは比較的開かれた存在であることが魅力だと思います。企業、ボランティア・インターンとして活動してくださる個人の方など、『NPOの外』にいる人たちに入っていただきながら、課題の解決を図っていく。そういった「多様な」者どうしがつながりながら、作り上げていくというのは、時には思わぬような発展や出会いがあったりして、そのダイナミズムが面白い」と話します。
JARはパナソニックの他、多くの企業から支援を受けています。2010年が元年と言われる「プロボノ」*も以前から活用しており、難民支援活動には欠かせない弁護士には、現在7つの弁護士事務所、40名の弁護士にご協力いただいています。
*プロボノとは、ラテン語で「公益のために」 (Pro bono publico) の略語であり、専門性を生かし、公益活動に無償で携わる活動のこと。
市民の支援−「難民アシスタント養成講座」
2001年から始まり、2004年から定期開催されている「難民アシスタント養成講座」。基礎編と上級編で構成され、難民問題の理解と、難民支援の実践のための知識を網羅した講座で、既に延べ1,300人が受講しています(2010年8月現在)。(講座の詳細はこちら)
母国で迫害を受けてきた難民の支援には、難民条約や日本の法律や行政手続、心理学などの専門知識が必要です。よかれと思ってやったことが、本人や母国に残る家族に不利益にはたらくこともあります。そのため、難民支援に関わる市民へのトレーニングとして開始しました。
難民支援の現場をもつJARならではの幅広い講師陣と内容で構成された講義では、基礎から実践まで学習できるため、学生から高齢者まで関心のある多くの市民が受講しています。
本講座は、1人の社会人ボランティアスタッフによって2004年に現在の形に体系化されました。JARには難民の支援者を増やしたいという切実な思いがあったものの、講座の定期開催やテキストの充実化に取り組む余裕がありませんでした。そんな時期に、企業に勤めながらボランティアに参加していた上原優子氏(元・大手金融機関等勤務、現・青山学院大学大学院 会計プロフェッション研究科 プロフェッショナル会計学 博士後期課程在籍)が本業を活かして取り組みました。
上原氏は、参加費無料か500円程度が相場のNPOの講座が多い中、「いいものを創るのであれば、それがNPOであっても正当な対価を受け取るべき」であり、「人件費などそれなりの経費がかかっているので、講座や講演会の費用は安く設定すべきではない」ということを、企業が行う研修費用の相場も含めて、受講料の設定についてJARスタッフを説得しました。(詳細はこちら)
「『難民アシスタント養成講座』は、まだ立ち上がりの7年前当時から、難民支援専門スタッフ、弁護士、難民といった「国内」の講師陣に加え、「国連」職員、日本政府関係者も登壇しており、インパクトがある内容で組み立てられていました。企業的『差別化』の視点からいうと、JARは非常に強いブランド力を持っていると感じました」と振返る上原氏。
本講座は、基礎編の受講料が12,000円と、決して安い講座ではありませんが、ほぼ毎回定員を超える申込みがあり、受講者の満足度が高い講座として続いています。受講をきっかけとして難民支援の輪が着実に広がっています。
難民は社会を映す鏡 – よりよい社会をともに考える機会として
日本に暮らす私たち自身がどのような日本にしたいのか。この成熟した社会の中で一人ひとりは何を求めるのか。この低成長期に国や地域社会がどうあれば生き抜けるのか。難民支援活動やNPOへの参加は、社会のことをより積極的に考えて、関わる機会のひとつでもあります。
JARは、日本に逃れてきた難民たちのいのちや権利を守るために活動していますが、単に「難民が助けを求めているから支援をする」だけではありません。多様なバックグラウンドを持つ人たちが自分らしくいられたり、つながりあい助け合えるネットワークが多様にある社会でありたい、そのような社会を作りたいと考えています。例えば、難民は自分たちとは「違う」から排除することは、私たち自身にも跳ね返ってくるでしょうし、難民たちの家族の絆の強さから私たちが失いかけているものを再発見することもできるのではないでしょうか。難民の受け入れはまさに社会を映す「鏡」です。
活動を広げる中で、様々な考えを持っている人にもぜひ参加していただき、一緒に難民や社会のことを考え、歩んでいきたいと思っています。市民社会としてJARのチャレンジはこれからも続きます。
2010年9月10日掲載