2023年3月
(4月一部更新、5月修正)
2021年5月に入管法改正案が採決見送りとなり、まもなく2年です。国際人権法の理念に反する送還停止効の例外規定や、被監理者への監視監督を強化する監理措置制度などが批判を受け廃案となりましたが、3月7日、入管法改正案はおおまかな骨格を残したまま閣議決定されました。今後、審議が行われますが、難民申請者ら「母国に帰れない事情」を持つ外国人を強制的に送還することで、収容施設での長期収容を解消しようとする入管法改正案は、難民保護の理念に反しており、国際基準と比較しても大幅に遅れている日本の難民行政のさらなる後退を生みかねません。
このページでは報道関係者の皆様に、多角的な視点で日本の難民行政の問題に向き合っていただければと願い、当会が蓄積してきたデータや資料をまとめました。
目次 [閉じる]
1. 入管法改正案を知る
日本の難民認定制度には、多くの課題があります。国連からの度重なる勧告や、2014年に第6次出入国管理政策懇談会「難民認定制度に関する専門部会」が発表した適正な難民保護につなげる提言の多くが実施されないまま、2021年2月に入管法改正案が国会に提出されました。
日本が1981年に難民条約に加入してから40年余りとなります。しかし、日本の難民認定制度は、人権についての考え方の変化により各国が難民としての保護対象を拡大させていく中で、難民の解釈を狭く定義したたまの足踏み状態が続いています。さらに、入管法改正案は日本に逃れた難民の保護や処遇の悪化につながる内容が多く含まれ、当会や国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は21年の同法案の国会提出後、相次いで同法案に対する意見書を出しています。
- 【難民の送還ではなく保護を】入管法改正案の閣議決定を受けて
2023年3月に閣議決定された入管法改正案に対してコメントを発表しました
- 出⼊国管理及び難⺠認定法の⼀部を改正する法律案に対する意⾒
2023年3月閣議決定の入管法改正案に対し、意見書を発表しました。2021年の法案から実質的な修正は行われておらず、日本に逃れた難民の送還を可能とし命や安心を脅かす法案として反対し、難民を国際基準に則って保護するための包括的で公平な庇護制度の確立こそが最優先で行われるべき、と述べています
- 難民支援協会「出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律案に対する意見」
2021年の入管法改正案の国会提出を受けての当会からの意見書。同年3月15日~31日に入管法改定案の問題点を分かりやすく伝えるTwitterキャンペーン「#難民の送還ではなく保護を」を実施しました
- UNHCR「第7次出入国管理政策懇談会「収容・送還に関する専門部会」(専門部会)の提言に基づき 第204回国会(2021年)に提出された出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律案に関するUNHCRの見解」 本文 概要 一部サマリー
- 国連人権理事会の専門家(特別報告者)による勧告
2023年4月18日発表。法案の内容が「国際人権基準を下回る」とし「徹底的に見直すことを求め」ています
2. 入管庁がいう「送還忌避者」とは?
入管法改正案の狙いのひとつは、出入国在留管理庁(入管庁)がいう「送還忌避者」にあたる人を強制的に送還させることです。そもそも「送還忌避者」は法的な定義や根拠はなく、入管庁が2019年10月以降に積極的に使い始めた言葉です。定義があいまいな上、迫害や生命の危険があり母国に帰れない難民申請者も含まれているのが大きな問題です。
複数回申請や、退去強制令書の発付後に難民認定・人道配慮による在留許可が認められた人がいるのは過去の統計からも明らかです。「複数回申請者や退去強制令書を受けた人は、日本にとって悪」という誤解や偏見を取り去って、一人の人間として向き合うと、難民申請者を送還忌避者という言葉でひとくくりにして送還を実現しようとする危うさがあらわになります。
複数回申請者、退去強制令書発付者の庇護状況
難民認定 | 人道配慮 | 難民申請者数 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
合計(2010〜21年) | 377人 | 1,906人 | 79,207人 | |||
うち、複数回申請 | 25人 | 7% | 544人 | 29% | 10,433人 | 13% |
うち、退去強制令書発付あり | 48人 | 13% | 676人 | 35% | 8,504人* | 11% |
出所:入管庁発表資料・質問主意書より難民支援協会作成
※ 2023年5月16日 人道配慮に関する統計を修正
送還状況
- 難民支援協会「難民・難民申請者を送還するということ」
難民を送還してはならないという「ノン・ルフールマン原則」や、実際に送還されてしまった事例などを紹介しています
- 難民支援協会「自由への道-エチオピアと日本の狭間で」
収容や、強制送還の危機を経験し難民認定を得た女性の物語です
- 難民支援協会「難民申請者への偏見を助長しうる入管庁発表資料に対する意見」
在留資格を持たない特定の外国人に対し、政府の偏見や差別的な意識が表れた入管庁の発表資料に対する弊会の意見です
- 難民支援協会「難民にまつわる12のよくある質問」
「難民はなぜ日本に来るの?」「難民は不法入国や不法滞在なの?」、「難民が増えると治安が悪化するのでは?」などの質問に対する答えをまとめました
- 難民研究フォーラム「[事例集]送還された難民・難民申請者とその後」
強制送還された難民・難民申請者がその後、どのような人生をたどったのか、各国の事例集です
- 難民研究フォーラム「難民申請者のチャーター機送還に関する東京高裁違憲判決概要 – 裁判を受ける権利の保障に向けて」
送還停止効の例外は難民申請者が難民不認定処分について司法審査を受ける権利をも奪う可能性があります。2021年9月の東京高裁判決では、チャーター機による難民申請者の強制送還の事例に対し違憲判決が出ています
3. 補完的保護の導入はウクライナ難民を救う?
2022年2月のロシアのウクライナ侵攻後、日本政府はウクライナからの難民を「ウクライナ避難民」と呼び、1981年に加入した難民条約に基づく「難民」とは区別をしてきました。「難民」を狭く定義し「戦争や紛争から逃れた人は含まない」と解釈しているためです。
しかし、国際社会では、紛争から逃れた人にも難民条約は適用される、という考えが一般的です。日本においても、まずは国際基準に則った難民認定基準を法律に明記するなどして「紛争難民も難民条約に適用される」という姿勢を明確化し運用することが必要です。難民として保護されるべき人が保護される制度が確立されてはじめて、補完的保護の導入が意味を持ちます。
- 難民支援協会「補完的保護とは何か?」
補完的保護の国際社会での定義や、各国で導入されている補完的保護と入管法改正案で示されている補完的保護の違いをまとめました
- 難民支援協会「ウクライナ難民の受け入れから考える ー より包括的で公平な難民保護制度とは」
ウクライナ難民の日本国内での受け入れを受けて、難民支援協会が日本政府に提案する、包括的で公平な難民保護制度の確立に向けた取り組みを紹介しています
- 難民研究フォーラム公開シンポジウム「日本の難民受け入れ – ウクライナ避難民の受け入れを機に考えること 」
明治学院大学国際学部教授の阿部浩己氏が「戦争難民の保護と難民条約」と題し、国際法の観点から、ウクライナ難民保護の考えた方について解説、弊会の新島彩子が日本での難民保護の現状と課題について紹介したシンポジウムの詳細です(2022年4月23日開催)
- 全国難民弁護団連絡会議「入管資料から見る政府法案「補完的保護」での庇護のシュミレーション」
2017~2019年に人道上の配慮により在留を認められた者が、 入管法改正案で示した「補完的保護」の枠組みで庇護されるか否かを検証しました。「7割強が庇護されない」という結果となりました
- UNHCR「国際的保護に関するガイドライン12:1951年難民の地位に関する条約第1条A(2)および/または1967年難民の地位に関する議定書および難民の地位に関する地域的文書における定義における武力紛争および暴力の発生する状況を背景とした難民申請」
ガイドラインは各国の政府や法律実務家、難民審査官や裁判官に法解釈の指針をしめすことを目的としたものです。2016年に出されたガイドライン12では、紛争から逃れた人を、難民として保護するための解釈を示しています
4. 長期収容の解決策は
収容施設での収容長期化を解消するためには、収容期間に上限を設けるなど、国際基準を踏まえた収容制度の改善が必要です。政府が長期収容の解決策として改正案で示す監理措置制度については、監理人として想定する外国人支援団体や支援者、弁護士などへの意見聴取では、約9割が監理措置を「評価できない」「監理人になれない・なりたくない」と回答しています。
また、司法手続きを経ずに収容や仮放免の判断が行われていることも問題です。2001年9月11日の米国同時多発テロ事件後には、日本で難民申請中だったアフガニスタン人9人が突然収容される事件が起きています。
- なんみんフォーラム「監理措置に関する意見聴取(2023年版)概要」
入管法改正案に含まれている「監理措置」について、当会も会員であるなんみんフォーラムが支援団体や弁護士等に意見聴取を行いました。その結果、9割が「監理人になれない・なりたくない」と回答しました。主な理由は、支援者という立場で監視することは矛盾する、入管庁の監視の役割を肩代わりしたくない、などです。
なんみんフォーラムでは、2021年にも意見聴取を行なっています。( 結果)その際に示された懸念点が以下のグラフにまとめられています。今回の改正案でもこれらの懸念に対してほとんど対応されていません。
- 難民研究フォーラム「各国における入管収容制度」
オーストラリアやカナダ、ドイツなど、各国の入管収容制度をまとめました。収容期間の上限や、収容開始時の司法審査の有無などの比較が可能です
- 難民支援協会「9.11同時多発テロ後、突然収容された日本の難民申請者たち。あれから難民の収容は変わったか?」
9.11の同時多発テロ後に合理的な理由もなく突然収容されたアフガニスタン人たち。弁護団の1人を務めた児玉晃一弁護士のインタビューです
- 難民支援協会「仮放免制度の運用変更による収容問題の悪化 ー 改善に向けて」
入管庁の裁量によって変更が可能な仮放免制度の運用の問題点や、抜本的な解決に向けた提案をまとめています
- なんみんフォーラム(FRJ)オンラインイベント「入管収容と収容代替措置を考える」発表資料「日本の長期収容問題について:国際人権基準に照らして」
身体の自由とは何か。国際人権法の基準を提示し、国際人権条約機関からの懸念や提言を紹介しています
5. 難民認定制度の課題
日本では難民として認定されるべき人が認定されず、複数回申請をせざるを得ない状況が続いています。この状況を改善せず、複数回申請者の送還を可能にすることは、難民として保護されるべき人を、危険な国に送り帰すことにつながりかねません。
入管法改正案で重点を置く難民申請者の送還ではなく、難民認定制度の改善こそが、最優先で行われるべきです。難民保護法の制定や難民保護に特化した組織の設置を含む「包括的な庇護制度」の確立が国内外から提案されています。
- 難民支援協会「日本の難民認定はなぜ少ないか? 制度面の課題から」
2021年の日本の難民認定率は1%未満。日本では誰を「難民」と認定するかの認定基準と、難民にとって公正な手続きが行われているかの手続き基準のあり方に問題があります
- UNHCR「難民認定基準ハンドブック」
UNHCRがまとめた難民の地位の認定の基準及び手続きに関する手引きです
- 自由権規約委員会「第7回日本定期報告書審査にかかる総括所見:難民関連部分の抜粋非公式訳」
国際人権条約のひとつの自由権規約の実施を監視する自由権規約委員会が2022年11月に公表した、日本の人権条約に関する総括所見では、難民と庇護申請者の処遇に関し、6項目にわたる勧告が示されました
- 難民研究フォーラム「難民・収容・送還に関する、日本政府に対する勧告一覧」
日本の難民行政について、条約機関による報告書審査などを通じて、人権保障の観点から様々な改善点の指摘が行われています
- UNHCR「日本と世界における難民・国内避難民・無国籍者に関する問題について(日本への提案)更新版」
包括的な庇護制度の確立など、UNHCRから日本の難民政策への提案です
- 難民支援協会『解説「難民等の保護に関する法律案」』
2021年2月に国会に提出された「難民等の保護に関する法律案」のポイントを紹介しています
6. 入管法改正案をめぐる動き
2021年の入管法改正案の提出前後に関連する事柄を年表にまとめました。
法案が提出されるまでの背景を知るには、2018年2月までさかのぼる必要があります。この時、入管局長の指示で仮放免の運用方針が「収容に耐え難い傷病者以外は原則収容する」方針に改められ、難民申請者を含め収容が強化されたことによって、被収容者によるハンガーストライキが全国規模で行われました。出入国在留管理庁は、収容・送還に関する専⾨部会を設置、自ら作った言葉「送還忌避者」の解決を目的とした入管法改正案の提出へと駒を進めました。
2018年 2⽉ | 仮放免に関する⼊管局⻑指⽰ 「収容に耐え難い傷病者でない限り、原則…収容を継続」 |
2019年 5⽉ | 被収容者によるハンスト開始(2019年6月から2020年1月末までの約半年で、235人に) |
6⽉ | ⼤村⼊管で40代のナイジェリア人男性が餓死する事案が発生 |
10⽉ | 出入国在留管理庁が「大村死亡事案に関する報告書」、「送還忌避者の実態について」を発表 同庁が「収容・送還に関する専⾨部会」を設置し「送還忌避者の増加・収容の⻑期化を防⽌する⽅策」の検討を開始(20年6月まで、全10回開催) |
2020年 6⽉ | 「収容・送還に関する専⾨部会」による報告書 |
9⽉ | 国連・恣意的拘禁作業部会による意⾒(⽇本語訳) |
2021年 2⽉ | ⼊管法改正案、難⺠保護法案(議員⽴法)国会提出 ⼊管法改正案(閣法)国会提出 |
4⽉ | 衆議院にて政府案審議⼊り UNHCRによる法案への意⾒(⽇本語訳) |
5⽉ | 政府案成⽴⾒送り |
9⽉ | 東京⾼裁違憲判決(庇護希望者の送還) |
12⽉ | 入管庁「改善策の取組状況」及び「現行入管法上の問題点」 発表 |
2022年 3月 | ロシアのウクライナ侵攻にともなうウクライナ難民の国内受け入れを開始 |
2023年 3月 | ⼊管法改正案(閣法)閣議決定 |
以上