本年1月18日、法務省入国管理局は、トルコ出身のクルド人親子2名を、本国に強制送還しました。彼らは、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が難民であると認めた「マンデート難民」であったにもかかわらず、本国トルコへ送還されました。
この事件はTVなど複数のメディアで伝えられたこともあり大きな波紋を呼び、当協会へも多くの問い合わせが寄せられました。そこで当協会では、今回の事件の問題点、およびその背景にある日本での難民の置かれた状況をわかりやすくお伝えするため、緊急にレクチャーを開催しました。
レクチャー要旨(講師:当協会事務局長 筒井)
クルド民族とは:彼らはなぜ日本で庇護を求めるのか
クルド民族は、クルド語を話し、主にトルコ・イラン・イラク・シリア、アルメニアなどにまたがった地域に住んでいますが、自らの国を持たず、一般に4000万人ほどいるといわれるクルド民族は「世界最大の少数民族」とも呼ばれます。
彼らは、独立運動を警戒する各国から長らく迫害されてきました。それは、トルコにおいても、例外ではありません。そのために多くのクルド人が、その地を離れて海外に庇護を求め、そのごく一部が、日本にもやってきています。日本では難民認定を申請したトルコ出身のクルド人は483名に上り、国籍別の難民申請者数の第一位を占めています(2003年末入国管理局発表)。しかし、諸外国とは異なり、日本ではこれまで一名もトルコ出身のクルド人は難民認定を認められていません。
今回の送還事件の問題点
問題点は、主に2点挙げられます。
第1に、難民(UNHCRは、彼らを難民と認めていました)を、迫害のおそれのある国に送還したこと。これは、日本が加入している難民条約に違反する行為と言えます。難民条約には「ノン・ルフールマン(送還禁止)原則」と呼ばれる条約のもっとも重要な条文(第33条)があります。この「ノン・ルフールマン原則」とは難民をいかなる方法によっても迫害のおそれのある地域に追放または送還してはならないとされているものであり、国際慣習法ともなっています。
第2に、当該難民が最高裁において係争中であったこと。送還してよいのかについて、退去強制令書取消訴訟を上告中でした。「高等裁判所で確定していた。司法の決定を遵守した。」とする南野法務大臣の発言がありますが、司法を遵守するという一方で、最高裁にて訴訟継続中であったことについて、一切説明がなされていません。
また、この他にも、難民条約には条約締約国の機関と国際連合との協力義務があり(第35条)、この点においてもUNHCRが難民と認めた人を本国にまで本人の意思に反して送還したことはこれまでに前例がなく、協力義務についても違反する行為であったとも言えます。
難民を送還することは、その人を迫害の危険にさらすことに他ならず、究極的には死と向かい合うことにもつながることを指します。人の生命に関する判断であるため、取り返しの付かないことにならぬよう慎重な判断が求められます。今回の法務省入国管理局の行為は、この原則についての配慮が足りなかったと言えます。
そして、今回の送還事件と共通した問題を背景に持つ事件として、平成14年と16年の2度にわたって法務省が行った、難民本国での調査活動があります。法務省入国管理局は日本で難民認定申請をしたトルコ国籍クルド人の個人情報をトルコ共和国に伝え、トルコにおいて警察官や軍関係者を伴って調査を行い、日本に逃れてきた難民申請者の家族の家を訪問するなどの活動を行ったことがありました。この本国への調査活動は,難民認定機関の負うべき守秘義務に違反する行為です。UNHCRは「申請者とその家族の安全確保と,申請者が提供した情報を保護するため,UNHCRは個別案件に関するいかなる情報も出身国に伝えてはならない」と明確に述べています。なお今回送還された家族も、政府が現地調査を行った家族でした。
日本の難民を取り巻く環境
なお、日本にいる難民は、収容・送還されることなくとも、非常に厳しい環境におかれています。特に、政府から難民不認定の決定が出て、裁判中の難民には一切の生活保障もなく、就労も認められない状況に置かれています。働くことも認められず、生活支援も一切ない状況で長期間、裁判を待たなければならない難民は「いったいどのように暮らしていけばよいのか」と私たちの相談室にやってきています。また裁判を行うにも、弁護士費用の援助制度である法律扶助を難民は活用することができず(適応除外となっています)、現在は弁護士が手弁当で訴訟を担っている状況です。生きていくための最低限の生活保障は、他の経済的な先進国の難民条約加入国と日本の状況は大きく違っており、国連(人種差別撤廃委員会)からも日本政府に改善の勧告が出されています。
関心を持ってくださった方へのメッセージ
今回のような事件を再び繰り返させないためには、市民一人ひとりとしては、誤解や偏見を排除して、日本の難民問題を深く知る姿勢が大切です。そして、重要なことはその関心を持ち続けることです。難民は日本にもやってきており、私たちが関心を持ち続けるかどうかが重要な鍵です。そして、もし実態を理解をしたならば、周りの人に伝えていくということができるのではないでしょうか。
本間浩法政大学教授より
本間浩:専門:国際法。日本の難民認定制度の立案から携わる第一人者、当協会上級顧問。
日本政府がUNHCRの判断に反して送還をしたのであれば、なぜ送還を執行したのかについて、十分に説得できる説明をしなければならない。その点では、今回の送還のケースに関して殆ど踏み込んだ説明がされていないことは重大な問題です。
一方、これは政府だけの問題のように見えるが、諸外国では世論がよりよい保護制度への改善を後押ししてきた事例がたくさんある。市民が関心を持ち続けることもとても重要である。
参加者からの感想
「クルド人の強制送還の何が問題なのか、難民条約の解説を踏まえながら非常に専門的かつ経験的に話していただき、分かりやすかったです。また、『これは日本人の問題でもある』と仰ったとき、この問題の持つ深刻さと、日本社会へ与える影響力を改めて感じました」(20代・学生・女性)
「最近、より顕著な”異質な思想を持つ者””弱者”等を排除する社会構造が難民問題にもそのまま当てはまっていると思いました」(30代・会社員・女性)
難民支援協会では今後、緊急レクチャー第2段を予定してます。また、難民アシスタント養成講座
や活動説明会など、皆様がご参加いただける機会を定期的に用意しておりますので、ご関心をお持ちの方はお問い合わせください。